わたしは職業倫理を犯すようなひとは好きではない。好きなのに叶わない、その感じがいいのであって、なにも先生にそこまでのリスクを背負ってまでわたしに振り向いてほしいと願うわけでは決してないのだ。背徳行為に始まる後ろめたさやその分湧き上がる慕情などもってのほか。そうでしょう、わかるでしょう。こうまくし立てた私を、シカマルは眉根を寄せて批判した。

「そんな顔しながら言う台詞じゃねえぞ」
「そんな顔って?」
「そんな顔だよ」

シカマルが顎でわたしを示し、わたしはわざとらしく頬や額にぺしぺしと手を触れさせた。
3月にしては異例の暖かさの今日。春めく風どころか、もう馴れたような空があり、見渡すと何層にもなったような春の空気がもったりと視界に膜を張る。シカマルが言う“そんな顔”に手を這わせていると、頭のなかにあのひとの声やことばや目や匂いや足音や、そういったなにからなにまでが一瞬で思い出された。一度だけ触れたあのひとの背中はどんなだったろうか。一度だけ触れたあのひとの唇は、脚は、髪の毛は。そして同じように同じ場所に触れあわせたわたしのそれらは。職業倫理を犯すようなひとをわたしは好きにならない。でもそんな倫理をも飛び越えて、好きというのは動いていくものだ。触れたいと思う時には倫理やらなにやら、すっぽりとそのときだけ都合よく抜け落ちてしまうもの。ああ、シカマル。カサついた声がわたしの喉から舌へ滑り落ちた。視界が悪い。春のせいか、想いのせいか、わたしは世界がわからない。

「シカマルわたし泣いてるの?」
「…泣いてねえよ」
「カカシ先生に会いたい」
「うん」
「会いたい、先生」

先生先生と言いながら、たまにカカシ先生とあたまに名前をくっつけて、わたしはシカマルの胸で泣いた。シカマルの学ランのちょうど第2ボタンが額に当たった。こいつを思って泣く女の子もきっとどこかにいるんだろう。シカマルのこういう、ひとを拒絶しないあたたかさを愛しいと、泣きながら彼を求めるひとが。シカマルの手がわたしの後頭部を何度か撫でた。ゆっくりと、壊れそうな砂の城のかたちを整えるように。 「オレはお前を任されたんだ、あのひとに。でもオレだって、こうやってお前に泣きながら名前呼ばれるくらいになりてーよ、くそ」 シカマルがなにか長いことばを呟く。わたしは鼓膜がぴんと張り詰めたみたいに周りの音に鈍くなっていた。なにも聞こえない。なにも見えない。
ひとりとひとりだな、結局オレたちは。2人にはなれそうにねえや。
シカマルがそう言って静かにわたしを抱き締める。





20130308
(20140130編集)





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