サボテンには水をやりすぎちゃいけない。忘れた頃に霧吹きで潤してやるくらいがいいんだ。そのくらいが丁度いいんだよ。成長を見逃すまいとあまりぴったり貼り付いているのも反対に窮屈に感じさせてしまうからね。ん、ちょっと君、聞いてんのかい。
研究室は酷い暑さだった。窓を開け放った結果流れ込んだのは使い古されたような熱気と耳鳴りのように纏わりつくセミたちの合唱。それ以外にはなにもなかった。節約志向の先生は、贅沢に完備された空調設備を使わない。暑くて暑くておかしくなりそうだった。
先生は窓際に並べた三つのサボテンに、霧吹きで水をやった。どうやら思い出したらしい。思い出したから水をやったのだ。彼のサボテンたちに。私はひとつ置かれた扇風機にくっついていた。先生がつらつらと話すのを、左耳で聞いた。右耳は扇風機のハネが静かに風を切る音でいっぱいだった。先生アイス食べたくありませんか。先生は霧吹きを元の場所に戻しながら言った。君が食べたいだけでしょうが。淡々としていた。先生の返事に満足して、私は研究室の冷蔵庫を開けた。直ぐに間違いに気付いて、今度は冷凍庫を開けた。先生も食べますか、アイス。そんなことより君は卒業研究のテーマまだだろ、提出明日までだよ、どうすんの全く。先生はぶつぶつ言った。私は小分けになったラムネ味のアイスをひとつ取り出してビニールを破った。口に入れる。気持ちがいい。先生は次の講義の準備をしていた。一年生向けの生物学概論の講義らしい。三つ並んだサボテンの一番右を持った。先生は年度始めの講義には必ずサボテンを連れて行く。らしい。私は先生の所属する専攻の学生ではない。先生は理学部の生物科。私は文学部の国文科。真反対である。一番右のサボテンは、真ん丸の小さな、棘がプチプチと生えているサボテンだった。もう講義ですか。そう、ここも施錠するからさあ君も出た出た。私はアイスの最後のひとくちを棒から舐めとって、先生の前に立った。少しだけ開いた先生の唇に胸ぐらを掴んで口付けた。
「このアイス、おいしいですね」
「口移しというのはボク、あまり好まないな」
2人で研究室を出た。先生は4号館だから右、私は3号館だから左。振り向いて見た先生のサボテンは、やっぱり小さく真ん丸く、棘がプチプチしていた。




サボテン
20130328




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