ヨリコが血を嘗めとろうとして咥えた指の細さが、何故だか気に障った。らしくない。まな板の上で捨てられた包丁が退屈にしている。ついでにみじん切りにされるはずだったネギが、途中待機。できると思ったのに。女子高生らしく制服のスカートをするする揺らしてソファに向かい、不安定に膝立ちをした。オレの方をじっと見つめて、痛い、と言った。だからやめろと言ったのだ。

「絆創膏つけとけ」
「取って」
「…はいはい」

料理はセンスだと、ヨリコを見ていると思う。練習しても一向に包丁を上手くつかえず、大味で突飛な料理をつくる彼女を。絆創膏は2つサイズがあった。傷の具合を訊こうと彼女の方を見ると、片足をソファの背に引っ掛けて、バランスをとって遊んでいる。白い太腿がしっとりと光り、思わず目を逸らす。

「どっち」
「ん?」
「絆創膏、小と中 」
「んー、小2つ」

小2つと中1つは彼女の中でどういう位置付けがされているのか、皆目見当もつかない、こともないが、考えたくない。面倒臭い、と逃げるのは子供の頃に辞めた。しかしそれでも、日常のこういう面倒な関係には、面倒なことが多く隠れているもんなんだと、大人になって知った。絆創膏を渡してやると、フィルムを剥がしてそのへんにヒラヒラ散らしながら傷を雑に覆った。もう料理など、心が折れましたと言いたげな彼女のしょげた背中に、オレはまたも自ずから手を添えてしまうのだ。「もうオレがやるから、お前テーブル片付けてろ」ありがと、と無邪気に笑う唇に内心満たされながら。

「シカマルはいつ料理できるようになったの」
「いつ…いつったってなあ、一人暮らし長かったし、忘れた」
「そっか、そうだよね」
「チャーハンしかつくんねえぞ」
「いいよ、充分」

何気ないやりとりは、 ヨリコがここに転がり込んできたその日から、自然に始まっていた。まるで、それまでも一緒にいたかのようだった。彼女のあっけらかんとした物言いを、乞うような視線を、オレは何も疑わずに受け入れた。半年前のことだ。



ヨリコにチャーハンの皿を2人分渡して、先に食べ始めるよう言った。夕飯前にメールチェックをしておきたい。同期だが先に出世した、希望と情熱の塊のような男の、フォローという名の尻拭いがオレの仕事の大部分だ。これが憎めない男なのだから分が悪い。憎み甲斐のある男なら、夢の中でも呪ってやったものを。台所のテーブルにヨリコがついたのを視線の端で捉えて、隣の和室に向かった。文卓の置いてあるそこを、一応自室としている。ノートパソコンを開くと、ディスプレイは暗く、一度シャットダウンしてあったことを思い出す。起動の時間が煩わしいが、仕方ない。

「シカマル」

振り返ると、 ヨリコが襖の桟の一歩向こうに立っている。その顔を見上げて、背中が小さくぞくりとしたのを積極的に遠ざけようとしたのは、この後彼女が何をしたいかを、何をしようとしてこの部屋の前にいるのかを、察してしまったから。あの目は、そうに決まっている。でなければオレは、オレの一方的な思いを、自覚しなければならない。

「入っていい」
「だめって言ったら」
「入らないよ」
「…言うわけないだろうよ」
「…へへ」

ヨリコがこの部屋に一歩踏み込むと、もう世界は滑るように回った。ヨリコがオレの背に立ち、膝をつく。背後から腕が回り、鎖骨のあたりにヨリコが口元を埋めた。オレは身体のそこかしこが疼くのを、黙って感じていた。後戻りできない。後戻りを望むのは、もう、これで何回目だろうか。そういう後ろめたさは、しかし彼女との関係にはどうしても結びつかなかった。オレはバカになったのだろうか。分からない。

「シカマル、いい匂い」
「うっせー」
「ね、キスしていい?」

返事をせずにヨリコを見ると、もう彼女はオレを見てはいなかった。俺の唇に、少しずつ向かっていた。だめって言ったら――訊くまでもない。ヨリコの唇は、少しだけ乾いていた。2つの唇が重なったのは、片方が一方的に動いたからで、オレはぴくりともしていない。ゆっくりと、彼女の舌が侵入する。少しだけ唇を開くことを協力して、あとは口内でゆるゆると遊ぶヨリコを感じていた。「ちょっとだけ、上手くなったかな」「…ん」「も、きもちいいよ、シカマル」ここでのオレを被害者ととるべきか、共犯ととるべきかだが、これはあまりにも愚問だ。共犯であってたまるものか。この関係において、したり顔の男女が2人で同じ方向を向いて許されるはずがない。愛でいいはずがないのである。













「ただいまー」
「おかえり、遅かったな」
「うん、ちょっと取引先でトラブっちゃって」
「なんか飲むか」
「ん、ありがと。ヨリコは寝た?」
「みたいだな、さっき部屋行ったきりだし」
「そう…ねえ、シカマル」
「んー」
「今日、したい」

オレの腕に腕を絡め、しっとりと見上げた、乞うような視線。

「…ヨリコ寝てねえかも」
「それはそれでいいわよ」

あっけらかんとした物言い。

オレは今、この妻の後ろに、あの女の影を見ている。それは間違いなく、彼女の妹であるヨリコの影なのだ。














愛でいいはずがない

20140210
title by 魔女




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