いいよ1日くらい、ほら出しな。私のレポートはお世辞にもいいとは言えない代物だった。期限を忘れていて一晩で書き上げたのがすぐ分かってしまうような、論文ではなく作文だった。子どもの日記のようでもあった。先生はそれを受け取ってざっと眺めた。んーまあいいか、ただお前もう少し漢字覚えた方がいいんじゃない。間違ってましたか。間違ってはないけどなあこれ、平仮名とカタカナ多すぎでしょ。私の最大限がそれです。あ、そ。先生は大きなデスクに寄りかかっていた。足が長いものだからデスクがえらく低く見える。実際はそのへんでよく見るデスクと変わらない高さだった。やっぱり先生の足は長い。
私の作文を緩慢な指先で扱う。形ばかりの判子を押して、他の学生があげたレポートの山に加えた。先生の研究室がある3階の窓から満開の桜がしゃらしゃらと揺れているのが見える。桜がしゃらしゃらっておかしいだろうか。おかしくないな、多分。先生、春ですね。私は先生と桜を見比べて言った。先生の髪の毛、薄い銀色だから桜の薄桃色と良く合います。薄桃色。先生は私の言ったことを小さな声で繰り返して、おっ、というような目で私を見た。なんですか。薄桃色って今時使う人いないじゃない。そうですか、私は今時よく使います。漢字書けないのに言葉には繊細なんだね、お前みたいなのオレ、嫌いじゃないな。褒められたんだか馬鹿にされたんだか微妙なところだった。だがなにも言わず頷いておいた。頷くよりほか私には方法がなかった。先生も、うん、と小さく言った。
「私も先生みたいなの、とても好きです」
零れた音の振動が先生に届く瞬間がわかった。私を静かに見据えた右目が少しの間じっと動かなかった。先生は目を伏せる。それってさあ。デスクから体を離して私の手を取った。緩く引かれて先生ともっと近くなる。心臓が笑った。私の弾けそうなほど膨れた、先生への慕情を。オレみたいなの、じゃなくてさ。言い掛けた先生は、まあいいや、と微笑んだ。先生の髪の毛と桜が一緒に揺れた。
「日本語を正しく使えるようになったら、また来なさい」
私は頷いた。頷くよりほか、やはり私には方法がなかった。





せんせい
20130328




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