じりじりとした坂道の上で、どんどんと小さくなっていく背中を追い掛けた。追い掛けて追い掛けて、汗をぱちぱちと空中に散りばめた少女が疾走する。追われる青年はそれに気付かない。大口を空けて愉快そうに唄をうたいながら、風を食べて坂道を下っていく。少女の眼は青年だけを見ていた。真っ直ぐに、こっくりと、溶けるような眼だ。




少女と蜃気楼






「ナールト!」
「う、あ、きゃー!!」

坂道を下った勢いのまま、自転車の荷台に飛び乗った。急に加速した自転車にナルトは悲鳴をあげて、思い切りハンドルをきった。ガードレールに正面から突っ込む。ガシャン!派手な音と一緒に、頬にナルトの背中が触れた。制服のポロシャツ越しに、汗ばんだ肌を感じた。息が弾んでおさまらない。坂道を駆けおりたことの代償か、それとも。

「びびった・・・」
「ごめんごめん、置いてかないでよ、帰るの早い」
「飛び乗る前に言え!ってばよ!このあんぽんたんがァ!!」
「だって私が学校出た時にはもう小さくて見えなかったよ」
「・・・お前よく追い掛けようと思ったなあ」
「なんかこう習性で・・・」
「犬か?犬なのか?お前は」

私は未だ、瞬く間に触れて離れたナルトの背中に動揺したまま、ごめん、と自転車を降りた。驚いたのだ、あまりにもしっかりとした質感に。思っていたよりもずっと男のものだった彼の身体に。ナルトはそんな私を知ってか知らずか、乗ったままでいればいいだろ、どうせ帰る方向一緒だし、と呆れた声で言う。私は頷く。再び荷台に跨ると、坂道を駆け下りた時の私はすっかりおとなしくなっていて、ただナルトの腰に手を回すべきかどうかごときで逡巡してしまうのだった。

ナルトとはまるで物語に出てくるような幼馴染で、小さな頃からほとんど兄妹のように過ごした。小学校も中学も同じ学校に通い、現在は同じ高校の1年と3年にお互い在籍している。ナルトは面倒見がよく、自分は登校してもろくに授業を受けないくせに私には散々世話を焼いた。私が風邪で休めば見舞いは欠かさず、いじめられれば仲間を引き連れ先頭きって乗り込んだ。私はいつもナルトに守られていた。彼を好きになるのは至極当然のことのように思えた。いつだって彼は私のヒーローだったのだ。

「さー帰っぞーちゃんとつかまれな」
「うん、つかまった」

結局ナルトのシャツの背中側をぐいと握った。「それじゃ危ねーだろ」ナルトは振り向いて言う。何故私が腰に手を回さないのかを、心底不思議そうにしている。私は、これでいいのと言い張った。ナルトの自転車が滑り出す。頬に生ぬるい風があたる。
私がナルトを好きなことを、彼はまだ知らない。

「2学期始まっちゃったね」
「んー」
「ナルト宿題やった?」
「あーんなの、このナルト様にかかればちょちょいのちょいだって!」
「で、だから、やったの?」
「・・・・・・いやー」
「やってないんじゃん」

軽く背中を叩くと、うるせー、と口を尖らせて、ペダルをそれまでより強くひとつ踏み込んだ。ナルトの汗が光る。きれいだ、眩しい。好きな人の汗が、こんなにも鮮やかだということを私は彼に教えられた。
前方に下校中の生徒の集団が見えてくる。何人かごとにまとまって、足取り重く。それでも少しだけ日常が変わるような気がしていて、表情はどこか明るい。そのなかに、ひときわ目立つピンクの髪が揺れている。ナルトの顔が、体温が、ぐっと蒸気するのがわかる。唇の端が緩んでいる。そのくせ、彼女を呼ぶ気配はない。私は、大きく息を吸い込む。彼が呼びたい名前を、喉の奥いっぱいに溢れさせる。

「サクラさん!」

振り向いたピンク色は、利発そうな目を細めて手を高くあげた。久しぶり!そう私に声をかけるサクラさんを、ナルトは眩しそうに見つめて、弾けるように笑った。

ナルトがサクラさんを好きなことは、子供の頃からの友人のほとんどが知っていて、もちろん私もその1人だった。サクラさんもまた、ナルトと同じように私を可愛がってくれた。会えば声をかけてくれたし、勉強もサクラさんに世話になった。サクラさんが大好き。だから、ナルトがサクラさんを好きなんだと気付いた時に私はただナルトを好きでいようと決めたのだ。先でも後でもなく、私が今いるこの場所で、彼を想っていく。

「サクラちゃーん!まったねー!」
「あんたさっさと課題終わらせちゃいなさい、9月も補習地獄になるわよ!」
「手伝ってくれってばよ!」
「いやよ、バカ!」

サクラさんを含んだ集団を自転車で追い越す。私が手を振ると、サクラさんは大きく振り返してくれた。やっぱりサクラさん大好き。サクラさんは、好きだろうか。私じゃなくて、彼のこと。

「うお、あぶね!」

ナルトが急にブレーキをかけた。なに?と訊くと、猫が横切ったのだと言う。

「やっぱお前ちゃんとつかまれってば」
「つかまってるよ」
「つかまってるうちに入んねーよ」
「わ、わ」
「よーし、気を取り直して、しゅっぱーつ」






ナルトの腰に今度こそ両手を巻き付けて、私たちを乗せた自転車が坂道を下っていく。ナルトの背中が熱い。私は汗ばんだシャツに頬をぴったりとくっつける。

「好き」
呟いた声が風とナルトに溶けていく。このまま言い続けたら、溶けきれなくなったことばがいつか飽和して彼に届くだろうか。
「好き、ナルト」
目をつむる寸前、坂の向こうの街が蜃気楼で揺れた気がする。揺れなかった気もする。狂おしい痛みが、瞼から溢れ出す。

「蜃気楼なんかじゃないや」
「んー?聞こえねー」






20130903



back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -