サソリさんの背中を見ながら私は痛くなるほど唇を咬んだ。行っちゃうぞ、止めなくていいのかよ、聞いてんのか、うん、とひとりで急いているデイダラは、そのうちしんと静まるだろう。サソリさんの背中はぼんやりと霞んでいた。遠くなってしまえば誰のものなのかも分からないほどありふれた後ろ姿だった。隣にいたはずのデイダラはしゅるしゅると萎んでぷつんと消えてしまった。サソリさんの背中はどんどん小さくなっていった。しかしどんなに小さくても、いつまでも見えていた。




正夢





はっ、くだらねえ夢だな。私の陰鬱を蹴り転がすように、サソリさんは口の片端を上げて言った。私は途端に彼への恋しさと焦燥を丸めてしまい込まざるを得ないことになり、話すか話すまいかの葛藤や、やはり私は彼が好きなんだわなどと舞い上がったエネルギーが無駄骨になったことを悔いた。そして、その全てを恥じた。サソリさんは赤い髪を重たく風に揺らして、私をその目に捉えた。
「…その目」
「なんです」
「不毛なガキだな」
ガキと呼ぶならあんたもだろう。口をついて出そうになった瞬間に、彼の時間は、その肉体に流れる時間は、止まっていることを思い出す。自分の身体に手をかけたその日から、彼の生きる時間はもはや時間ではないのだ。
「オレは情と呼ぶべき一切を捨てた、そんなにオレのことが好きなら、見ててわかんねえか」
「…別にそんなんじゃありません」
「それはどうでもいいが、でなきゃこんなので遊べねえだろうよ」
傀儡の身体を中指で弾く。形容するにし難い音がした。
この人何故こんなことを言うのだろう。情とかそんなのが一切ないのなら、私の気持ちを引き合いに出すことさえしないのではなかろうか。私の都合よく進む解釈はこれだからいけない。私の思い込みだけが私だけのサソリさんを積み重ねていく。それでも私は、目の前のサソリさんから目を逸らすことができずにいる。私の外側にいるサソリさんを、間違いなく好きなのだ。
「もう、いいです。そういう夢を見たってだけの話なんだから」
「ああそうかい」
「そうです」
「そろそろ時間だ、デイダラを呼べ」
「…………サソリさん」
ぴたりと止まったサソリさんの背中が、夢のそれと重なった。彼はいつか、ここからいなくなるのだ、と、唐突に思った。彼の背中は、私の言葉を、珍しく待っている。じっとして持て余す様子もなく、ただ私を待っている。
「…どうかご無事で」
「………フン」
どこまでも深い黒色のマントを捌きながら、静かに部屋を出て行こうとする彼の、白い右手が持ち上がって顔の高さでヒラヒラと揺れた。それが了解のジェスチャーだと分かるまで、数秒もいらなかった。
彼はそれきり帰って来なかった。あの時どんな顔をしていたのか、取り憑かれたようにそれだけが気になって仕方ない。







20130601








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