キスをせがまれる人生も悪くないね、一億円が当たるくらい、悪くないよ。あほくさいことを複雑そうな顔をしてぺらぺら言うのがバカの骨頂だ。しかもまだオレたちはそれをしていないのだから居心地が悪い。何よりも、せがまれているのはオレで、せがんでいる女がそれを言う。
「バカじゃねえのか、オレとそんなことしてなんになるってんだよ全く」
「なんになるかはしてから決めることじゃないかな」
「してから決めたんじゃおせえんだよつきあってるわけでもあるまいし」
「へえ奈良さんてマジメ。つきあっているならキスに理由なんていらないってことね」
「はあ?…ああもうやめようぜ、時間のムダムダ」
オレは廊下に出て、奴のいる部屋から数歩離れた。立ち止まる。あんなの、オレにどうしろっていうんだ。あそこでキスしたらオレたちはどうなったんだ。近づくどころか、むしろこれから何をしても絶対に距離なんか縮まらないんじゃないか。はあ。溜め息が深い。廊下が薄暗い。
「奈良さん」
声に振り向くと、奴が部屋から出てきていた。なにを考えているのかわからない目でオレを見ている。なんだよ。落ち着いた声をつくって言う。奴は左手で電気のスイッチを入れた。廊下が煌々と照らされた。
「わたしにとってはどうするもこうするもないの。奈良さんが好きだから、あなたとキスすることそれ自体に意味があるの、だから奈良さんには理由が必要かもしれないけど、わたしはあなたとキスしてからなにかを考えても、おそくないの。全然おそくないの」
「…おまえそれ、言ってからにした方がよかったよキスとか言うの。せめて順番は守れ、びっくりするから」
「うん、そうだと思った」
「まさか気持ちがあるなんて思わねえだろ」
「え?」
「そうとなったら話は別。オレもおまえと同じってこと」
「ん?」
「おまえバカだな」
二歩で近付いて押し付けるようにキスをすると、さっきまでのことがぷつりと途切れた。いまこの女とキスをしていることだけがオレに存在していた。軽はずみな誘いにがっかりしていたのはついさっきのこと。不器用な告白に度肝を抜かれたのはもっとついさっきのこと。状況適応能力はピカイチだ。がっかりして、度肝抜かれて、いまキスしてんだから。でもそういうのはもはやどうでもいい。キスをしてから考えよう。







辻褄はいらない
20130318





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