サイせんせいはムムムと唸っている。その横でわたしもムムムと唸る。アリは、どうやって巣をつくるのだろうか、と、アリの行列を見つめてふたりで考えている。サイせんせいはじっとして、ときどき「ふしぎだなあ」とか「アリは小さいなあ」とか呟いて、それだけでこたえは出ない。わたしはアリを見ていたはずなのに、いつのまにかサイせんせいを見ている。真っ白な顔をしている。真っ白な肌に、薄い墨でスッスッと線を書き入れたような顔をしている。
「せんせいはおもしろい顔してる」
「・・・おもしろい?」
「うん」
「それは・・・ありがとう、でいいのかな」
サイせんせいはアリから目を離してわたしを見た。ありがとうでいいよ、と頷くと、わざわざ「ありがとう」と言った。こういうのをなんと言うのだっけ。そうか、りちぎ、だ。サイせんせいはりちぎだ。「りちぎってどう書くの」「りちぎ、ってあのりちぎかな」「それ」「こうじゃないかな」サイせんせいは地面にスススと漢字を書いた。律儀、と書くらしい。
今朝サイせんせいにおはようを言いに行くと、せんせいは絵を描いていた。せんせいは休みの日はほとんどそうして家にこもって絵を描くけれど、誘うとすぐに家を出る。誰かが誘いに来るのを待っていたみたいに。遊びに行こう、と言うと、うんそうしよう、と笑う。すこしだけ笑う。すこしだけなのに、とても嬉しそうに見えるから、わたしはサイせんせいが好きだ。
「あ、サイせんせい見て、アリが潜っていく」
「本当だ、掘ってるね」
「うん掘ってる」
うしろを振り返ると、丸い夕日がまだ丸いまま、空にすっきりと浮かんでいた。夕日はどうして昼間の太陽とは違うのだろうか。どうして昼間は白っぽいのに、夕方には橙なのだろう。味が変わるのだろうか。グレープフルーツからオレンジ味とかそんな感じだろうか。
「サイせんせい、夕日は何味?」
せんせいは目を丸くしてわたしを見た。夕日に味があるのかな。黒目が白目の中に浮いた。今度図書館に行って調べてみよう、せんせいがじっとして言うので、わたしもじっとして頷いた。サイせんせいはわたしが夕日の味を想像しているうちに、絵を描いていた。真っ白な半紙に、墨でスススと描いていた。
「アリを描くのは黒い色だけでいいから、楽?」
「うん、そういうわけでもないんだ、墨の黒には、濃淡があって」
右の耳でサイせんせいの声を聞きながら、わたしは指で地面にアリを絵を描き始める。




20130821








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