癒しと安らぎのひと時をお約束いたします 「板、ここにおいとくね。」 「おっ、ありがとな。」 トントンと金づちを打つ音が響いている。 私達は老朽化が進んでいる飼育小屋の補強を行っていた。私が板や釘を準備して、ハチくんが金づちでそれらを固定するのだ。 季節がら嵐が多いこの時期はこまめに補強をしておかなければ、嵐で壊れて飼育小屋に住む生き物達に危険が及んでしまう。私とハチくん以外は下級生であるこの委員会では、そのような力仕事を下級生にやらせるわけにもいかず、2人で協同して行っていた。 「ハチくんはすごいなぁ。」 金づちを打つ彼の背中に私はぽつりと呟いた。 六年生がいないため五年生のハチくんが生物委員会委員長代理として委員をまとめ、下級生の勉強を見たりだとか行方不明になったとある後輩の毒ヘビの捜索を一緒に行ったりだとか、委員会活動以外でも下級生の面倒をみているすごい人だ。 五年生ともなれば実技も多く勉強も難しくて忙しいはずなのに、こうして必死に委員会活動をしている姿はとても頼もしいと思う。 私がこの委員会に入ったのも、そんな面倒見がよくて頼もしい一生懸命な彼を支えたいと思ったから。 くのいち教室では保健委員会に続いて不人気な委員会であったが、生物委員会に入りたいと自ら申し出た。(友達からは「正気?」と心配されたけれど) 虫は得意ではないし、むしろ苦手な方だったけど、ハチくんの力になれるなら…!という一心で数々の苦難を乗り越えてきた。 その頑張りの結果(?)、委員会の仲間からも頼られるようになり、現にこうしてハチくんの側で仕事を手伝うことができているのである。 「ハチくんは頼もしいよね。」 「んー?なんか言ったか?」 金づちの音が大きくて聞こえなかったのだろう。 ハチくんは、手を止め、私の方に振 り返った。 ハチくんの額には汗が浮かんでいた。 「ハチくんは頼もしいね、って言ったの。」 「俺は当たり前のことしてるだけだぞ?」 「そう思えるハチくんは本当にすごいよ。」 でも、ちょっと休憩しなきゃね。 私は懐から手拭いを出し、ハチくんの汗を拭った。 金づちを打つのは結構力がいるし、いくら鍛えているハチくんでも長時間するのは疲れるだろう。私は休憩するように促す。 ……が。 「………っ!」 「………あれ?…ハチくん?」 ハチくんは驚いたような顔したまま、なにも言わないで突っ立ったままであった。 私は不審に思ってハチくんの名前を呼んだ。一体どうしたのだろうか。 「ハチくん?大丈夫?」 「…あ、ああ!ありがとな!」 手拭いを下げ、もう一度名前を呼べば、ようやく気がついたようで。 ハチくんはどもりながらもお礼を告げた。いつもとは違っている様子に私はますます不安になってきた。 がんばりすぎて疲れているのかもしれない。弱さを見せない彼だからこそ、補佐役の私が気遣う必要があるのではないか。 そこで、私はこの休憩時間で彼の疲れがより多くとることが大切ではないか、そう考え、休憩を提案した。 「ハチくん、ちょっと木陰で休憩しよう。」 「あ、あぁ。そうだな。」 私はハチくんの腕をとり、木陰へと誘導した。ハチくんはそのまま寝ころがり私は木にもたれかかる。日差しが照りつける中で作業をしていたので、木陰がとても涼しく感じた。風も吹いていて気持ちがよい。 「あー、眠くなってきたな。」 「そうだね。」 ふわぁと大きなあくびをするハチくん。 頼もしいけど、そこらへんはやはり十四歳の男の子。そんな年相応の彼を見て、私はクスリと笑った。 確かにこんな気持ちが良いと眠くなるのもわかる気がする。それに、ハチくんは疲れているのだから尚更だろう。 飼育小屋を見てみると、後は扉の歪みを直すだけなので、あまり時間はかからないだろう。それならば、少しだけなら休んでも 大丈夫ではないだろうか。 しかし、疲れている身体でこのまま寝転がるのもよくないのではないか。 彼の疲れが癒すことができ、ゆっくり眠れる姿勢は…と色々と考えた時に一つの案が浮かび上がってきた。 「えーっと、膝枕、とか…どうですか?」 膝枕である。 少ない休憩時間で彼の疲れを癒すには、膝枕で休んでもらうことが一番良いのではないかと考えたからだ。 本音を言うと、膝枕は恥ずかしいけれど、彼の力になれるならば恥ずかしさぐらいは我慢しなければ。 私の提案に、ハチくんは「はぁ!?」とガバっと起き上がって聞き返してきた。 かなり驚いた顔をしている。 「少しでも、その、ハチくんの疲れがとれたらなって思って。嫌…かな?」 「え、いや、嫌とかじゃなくって、むしろ嬉しいっつーか…その…。」 ハチくんの驚き様に、もしかして不快だったのでは…と思ったのだが、ハチくんの言葉を聞いて安心した。 私はポンポンと自分の膝をたたいて、ハチくんに膝枕を促す。 「それじゃあ、どうぞ。」 「お、おう!」 ハチくんはそっと私に近づき、頭を私の膝に乗せて横向きに寝転がった。 太ももからハチくんのぬくもりが伝わってきて、私はハチくんを膝枕しているのかと実感する。 こみ上げてくる恥ずかしさから気をそらすために、そっとハチくんに視線を向けてみた。 すると、ハチくんはそっと目を閉じて、心なしか気持ちよさそうにしているように見えた。とりあえず、不快ではなさそうだ。 「…あーやべ、ちょうどいい高さだわ。」 「そう?良かった。」 「それにあったかくて気持ちいい。」 「寝て良いよ、ちゃんと起こすから。」 「…あぁ。」 しばらくすると、すぅすぅと規則的な寝息が聞こえてきた。 すぐに寝付いてしまうほど疲れていたんだなと思いながら、私は彼の寝顔を見ていた。 「お疲れ様、ハチくん。」 私は風になびいているハチくんの髪をそっと撫でた。 とても痛んでいるボサボサな髪で四年生のタカ丸さんに怒られているという噂だったけど、実際にさわってみるともさもさしていて動物をさわっているような感じだった。 灰色の髪だから、動物にたとえるとするならば狼だろうか。 「ハチくんが狼、か。それはないかな。」 すると、ハチくんから「うん…」と小さな唸り声が聞こえてきたので、起こしてしまったのではと思ってドキリとしたが、その後もまた寝息が聞こえてきたので大丈夫だったのだろう。 「起こしてごめんね。おやすみ、ハチくん。」 しかし、このままだと起こしてしまうかもしれないので、私は一言つぶやいた後は静かにハチくんの頭を撫でるだけにした。日が照っていて風が心地よい今日はお昼寝日和だなと改めて感じていた。 「…ぱい、……名前先輩。」 「……ん?」 ハチくんが眠ってから四半刻も経っていないだろう。 となりの草陰から、ごそごそと草をかき分ける音と私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。 返事をすれば、現れたのは見慣れた後輩であった。 「孫兵、どうしたの?」 「ジュンコが…、ジュンコがまたいなくなってしまいました!」 なんとなく想像はついていたが、やはり、か。 孫兵の焦っている様子から、彼も相当捜したのだろう。それでも見つからないということは、下級生も総動員してジュンコ捜索隊を組む必要がありそうだ。 孫兵に下級生を呼んでくるようにお願いすると、孫兵はわかりましたといって一年生の長屋に向かって走っていった。 気持ちよさそうに眠っているハチくんには申し訳ないが、ここは起きてもらうしかない。 私は名前を呼びながらハチくんの肩をゆらした。 「ハチくん、ハチくん。」 「……あー、うん。」 すると、ハチくんは目を開けて身体を起こした。今まで感じていたぬくもりが急になくなって少しだけ寂しくなった。 ハチくんは軽く伸びをして立ち上がる。少し疲れもとれたのか、スッキリした表情を浮かべていた。 私も立ち上がり、軽く伸びをする。 「少しは休めた…かな?」 「ああ。膝枕、ありがとな。すげー気持ちよかった。」 ニカッと笑うハチくん。 彼の笑顔は人なつっこくて優しい気持ちになるから好きだ。 私も笑顔でハチくんに言葉を返す。 「いえいえ、お役に立てて光栄です。」 「…それじゃあ、また……お願いしようかな、なんて。」 「…え?」 後半のぼそぼそが何を言っているか聞き取れなくて聞き返した。 しかし、ハチくんは「なんでもない」と言って、飼育小屋へと歩き出した。 作業を再開するつもりなのだろうか。そういえば、まだジュンコのことを話していなかった。 私はすぐにハチくんの後を追いかけた。 「ハチくん、待って!ジュンコが!」 「あぁ、聞いてた。」 いなくなったんだろ? ハチくんはまた金づちを手にして、トントンと作業を再開し始めた。 ハチくんが聞いていたということは、あの時は目を閉じていただけで眠っていなかった…ということだろうか。 寝息は聞こえていたからてっきり眠っているものだと思っていたが、どうやら違っていたらしい。 休む前よりは表情はすっきりしているので疲れはとれたと思うのだが、これからいつ終わるかわからないジュンコ捜索が始まるので、疲労がまた溜まるのは確実だ。それに、飼育小屋の修理だってまだ終わっていない。 「ハチくん、大丈夫…?」 「何が?」 「だって、これからもっと疲れちゃうし…」 「また、してくれるだろ?膝枕。」 またまた笑顔を見せるハチくん。けれど、先ほどとはなんだか雰囲気の笑顔だった。 人なつっこいけど、優しい気持ちにはならない…うまく言い表せないけど、なんだか裏のあるような笑顔だ。 恥ずかしいけれど、膝枕ぐらいならまたできるだろう。私はぎこちなくだが、ゆっくりと頷いた。 「「竹谷せんぱーい!名前せんぱーい!」」 大声で名前を呼ばれ、バタバタと足音が近づいてくる。この様子だと一年生だろう。 案の定、やってきたのは、一平、孫次郎、三治郎、虎若で。急いできたのか、ハァハァと息をきらしていた。 その様子にハチくんと私は顔を見合わせ苦笑した。 「伊賀崎先輩は先に捜索に行かれました!」 「おう、ありがとな、三治郎。」 きっと足の速い三治郎に言付けて孫兵は一人で思い当たる場所へ探しに出たのだろう。 そして三治郎が他の一年生を探してここまで連れてきたのだ。 ハチくんもそれはわかっているようで、作業を止めて三治郎の頭を撫でながらお礼を言う。 「えーっとそれじゃあ名前は…」 「うん、ここを片付けてから行くね。」 ハチくんが言う前に私は答えた。 言うことこがわかっていたからだ。チラリと飼育小屋に視線を向ければ扉のゆがみは直っている。 ハチくんは、一年生がやってくるあの短い時間に扉のゆがみを直していたのだ。(本当 にハチくんはすごい人だ) 後は工具を倉庫にもっていくだけなので、私がそれを片付けて、後から一年生を連れたハチくん達と合流すればいい。 「とりあえず裏山行ってみるから。」 頼むな。 その言葉と同時に差し出される金づち。私は大きく頷き、金づちを受け取った。 それを確認したハチくんは一年生に向かって指示を出した。 「よし!一年、裏山に行くぞー!」 「「はーい。」」 ハチくんの言葉に、一年生が元気よく返事をする。 さてさてこの元気もいつまでもつのやら。ジュンコのみならず毒虫捜索も結構な頻度で行っているのでみんな慣れてはいるが、まだまだ一年生なのだ。きっとそう体力はもたないだろう。 毎回捜索の度にヘトヘトになっている姿が頭に浮かんできて、思わず苦笑する。 みんなが疲れないようにするためにも、私も早く合流しなければならない。 「すぐ行くね。」 「おう!あ、そうそう。帰ったら、アレ頼むな!」 「アレ?…あ!」 一瞬なんのことを言っているかわからなかったが、以前のやりとりを思い返してみると1つだけ思い当たるものがあった。 私がそれに気がついた時にはハチくんは走り出していた。その後をわらわらと一年生が追いかけている。 私の返事も聞かずに言い逃げしたハチくんはズルイと思いつつも、なんだか悪い気はしなくて。 「了解です、委員長代理。」 帰ったら膝枕でもマッサージでもなんでもしてあげよう。 面倒見が良くて何事にも一生懸命な彼の力になれるなら、私はそれだけで嬉しいから。 彼らの後ろ姿を見ながら私は返事をした。きっと聞こえていないだろうけど。 一年生を連れて走るハチくんの背中はとても頼もしく見えた。 癒しと安らぎのひと時をお約束いたします (名前さ、俺のこと狼はナシって言ってたよな?) (え、それも聞いてたの…!?) (十分アリだから、気をつけろよ?今とか) (……え?) back |