快楽を貪った体の疲れに身を任せて睡眠に酔う。微睡みを攫う冷えた空気に身を震わせてきゅうと足を引き寄せた。毛布を手繰り寄せて首まで埋もれる。うっすら目を開けばまだ暗い。くすんだ壁にかかる時計に視線だけ送れば針はカッチコッチと4時を通り過ぎたところだった。

(今日は また随分早いな)

バタバタと広くないアパートの一室を必死で駆け回る痛んだ金髪が残す残像に泉は小さく息を付いた。
キラキラした夏が過ぎ、季節は駆け足で秋から冬へ。12月も後半に差し掛かったところで、朝練へと身支度を整えていたこの時間もまだ夜の領域。夜明け前の空気は一番澄んで、なにもかも凍らせようと刺すような冷気を振りまいていた。
二人分の体温で申し訳程度に暖められた空気でも外気さえ入って来なければ疲れに身を任せて眠ることもできるけれど、全開に放たれた窓からは容赦なく夜が入り込んでぬるま湯の空気を奪うのだ。

泉はこの家の窓ガラスを見たことがなかった。広くないアパートの一室は泉が部活を終えて訪ねる時には既にどの窓も雨戸が閉められていて安っぽい厚手のカーテンがきっちりと窓を覆っていた。
この家には明かりがなかった。正確には天井から古くさい照明器具がぶら下がってはいたけれど電球は刺さっていなかったからあっても無くても同じことだ。
更に浜田はあらゆる家電のコンセントを抜いていたから通電を知らせる小さなランプさえ見つけることは出来ない。
流石に冷蔵庫のプラグは抜いていないようだったが一度泉が何か飲み物をと開けた時に漏れた光を浜田が酷く嫌がってコンセントを抜こうとしたので泉は慌てて止めた。それ以来冷蔵庫を開けたことはない。明かりと同じで使えないならあっても無くてもかわらない。
浜田はいつもその暗い部屋で泉を待っていた。締め切った窓、明かりのない部屋で玄関のドアだけを目一杯に開いてジッと四角く縁取られた入り口を見つめて待っていた。
泉が戸口に立つと浜田は慌てて駆けていって招き入れると鍵を閉めてチェーンを掛けて、真っ暗な部屋の奥へと泉の手を引いていく
初めて浜田の部屋を訪れた時、泉は酷く困惑した。真っ暗な部屋、一片の光もない暗闇の中では目が慣れるという事も無くて、無闇に初めて浜田の部屋を訪れた時、泉は酷く困惑し目を瞬かせて混乱した。浜田浜田と問いかけても曖昧な返事が返ってくるだけで何故暗いのかという泉の問いにはまるで答えてはくれなかった。
泉が少しでも光を出すと浜田は明るいのは嫌だと喚くから泉は携帯すら開けない
付き合いきれないと帰ろうかとも思ったが、部屋の主は光を嫌がる癖に暗闇に酷く怯えて「泉、泉、そこにいる?泉泉いずみどこなの泉はどこ?」とか死にそうな声で言うものだから、泉は手探りで自分より一回り大きい骨っぽい手を掴んでデカい癖に薄い身体を引き寄せるしかなくて、それでも浜田は「これは本当に泉?泉の形をした違うものじゃないの?」とか言って抱き締めた肩がガクガク震えて冷たい雫がポロポロと泉を濡らすから泉は浜田を万年床の薄い布団へと引きずっていって唇を重ねて身体を重ねるしか無いのだ。
泉はわかってしまった。学校で浜田が機械みたいに笑うのも、授業中机に伏せてても本当は一睡だってしていないのも、なんで浜田がいつもいつも壊れそうに見えたのかも。
わかってしまったならもう否定なんて出来るわけがなくて。
浜田の崩れそうな身体を掻き抱いて、眠りに落としてやるしかないのだ。
優しい優しい馬鹿な恋人のギリギリの助けてを振り払えるわけがないのだ。
だから泉はグッタリと死んだように眠る浜田の横で少しだけ泣いて、それからそっと寄り添って目を閉じる。
数回時計の長い針がくるりと回れば、浜田は浅い浅い眠りから追い出されて、それから隣の泉を見て窓を開ける。カーテンを毟り取るように開いて雨戸を上げて窓ガラスを外す。浜田は必死で閉鎖されていた部屋を外へと繋ぐ。
その凍える寒さで泉の沈んだ意識も引きずり上げられる。毎日のことなので泉ももう馴れた。


(4時…これからどうするか)
もう間もなく家中の窓を開けきった浜田が泉に出ていけと喚くだろう。どうしたって追い出されることはわかっているので荷物やら身仕度は眠る前に簡単に整えてある。
電車動いてないしなあ、ぼんやりと泉は思う。
「起きて泉、泉、ここにいたら駄目だから、泉、帰れよ」
その言葉を合図に泉は毛布に閉じ込めた最後の体温を手放した。
はやくはやくと急かされて泉は玄関をくぐる。振り返るとやっぱり必死の浜田が見えた。最後はいつもの台詞
「泉、もう好きじゃないから。だからもう来るなよ」
「ん、わかった」




(嘘吐き馬鹿浜田)
(まだ抱え込もうとしてる)
(もう無理だから笑うのやめろ)
(一人で眠ることも出来ないくせに)
(暗い部屋でずっと俺を待ってるくせに)
(朝になるとまだ俺を逃がそうとしてる)
(そんなに必死に閉じ込めたって俺は逃げられないし)
(そんなに必死に出口を作ったって俺はおまえを好きなままなのに)

朝に変わる空気に湿気の匂いがした。きっと今日は雨が降るから早く浜田の家にいけるだろうと泉は一人分の体温を白く吐き出した。




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