ぬるいグロと死ネタ

















いたい、と浜田が呻いた。
当たり前だ。俺が刺した。
見下ろした浜田は目に見えて狼狽している。
仰向けに倒れたまま馬乗りに跨られ身動きのできない浜田の右の掌には、先ほど俺が振り下ろした果物ナイフが深々と刺さっている。
状況についていけない浜田は抵抗らしい抵抗もせずとりあえず明確で分かりやすい痛みにだけ反応して呆然を俺を見ていた。
一度ナイフをひきぬくと浜田の喉がひいと鳴いた。掌って骨っぽいし思ったよりあんま血でねんだなあ。
穴があいたそこに自分の掌を重ねて、もう一度思い切りナイフを突き立てる。刃は俺の人差し指と中指の筋の間を裂いて、浜田の指の骨に当たったのか斜めにブレて冷たいフローリングに刺さって止まった。
「榛名っ、左手!」
「戦力外通告」
「え」
痛みで涙が滲んでいた瞳が驚きで見開いた。

いつもすぐ怒るくせに、俺に興味なんてないって顔するくせに、今そんなショックな顔すんなよなあ。



それなりに恋愛だってしてきた。
幼い頃から気が付いたら野球は一番だったから、遊んでるヤツらよか経験は少ないかもしんねえけど。
自分で言うのもどうかと思うけど見た目だって悪かないし、スポーツやっててそれなりにできりゃどこからか黄色い声で騒ぎ立てる奴等は出てくる。
若いし、人並に欲求だって持ってるわけだから時にはそんなのに手を出したことだってある。純粋に憧れを持って密かに胸を焦がしてみたことだってある。ほら、俺純情だしね。
ああでも、一番必要なのはやっぱ野球で、何よりも大切だし俺に一番近い存在であるのも野球だったから、あんまり長続きしたものはなかったかもなあ。
「私と野球とどっちが大事なの?」なんて、何回聞いたかわかんねえや。
馬鹿じゃね?野球に決まってんじゃねえか。俺といてそんなこともわかんねえのかよ。
それでもうみんな終わり。寂しい時だってなかったとは言わねえけど、そこがわかんないなら俺の傍に居続けることは到底不可能だし、引き止めるまでもない。こっちからさよならだ。
俺は野球でプロになりたかった。そのためなら努力を惜しまないし、諦めなきゃいけないものがあることも知ってたし、仕方の無いことだと思う。

そんな中、いつからか、ひょんなことから浜田と恋人の関係になった。
自分がまさかホモになるとは夢にも思ってなかったから正直動揺したけど、浜田の痛んだ金髪の隙間から覗いた首筋は、女の胸元が見えた時と同じように感じたから案外普通とかわんねえんだと思ったことを覚えてる。そしたらもうなし崩しに好きで好きで。
ささくれ立った唇を啄ばんだり、柔らかくもない体をまさぐったり、俺達はごくごく普通に恋愛した(ただ浜田はすっげえ照れ屋だったからいつも俺が甘えると怒る)(だから甘い関係にはなかなかなれない)(…照れ屋なんだって、たぶん)
浜田は馬鹿みたいに不器用に生きているやつで見ててすっげえイライラした。本当はもっと上手く生きていく術も、楽になる方法も十分知っているのに見えない振りをして苦労している。不安定でいることに安定して安心しているのは馬鹿みたいだ。でもそんな浜田に俺はうっかりハマってしまったのだから、俺の方がよっぽど馬鹿かもしれない。
浜田は浜田の中の一番に俺と野球を同列に置いていたから「野球と俺とどっちが大事なんだ!」なんてヒステリックに迫ってくることもなかったし(むしろ浜田になら一回位言われてみたかったと思わなくもない)投手を知ってる浜田の隣はすげえ居心地がよかった。
俺も浜田も男で世間一般的にはどうだか知らないけれど、俺は野球が出来ればそれで100%問題ない。だから浜田が俺の恋人でも100%問題なかった。はずだった。




なによりも大切だなんて思ってしまった時点でもう取り返しのつかないところまできてしまっていたんだ。
浜田が好きで、好きで好きで愛しくて、なにをしていても浜田のことしか考えられなくなってしまった。
一緒に住んで、一緒にいる時間が増えて、それでも満足できなくなってしまった。
野球をしていても浜田のことを考えているのに気付いたのは、プロになって二年目に入った時のことだった。
なによりも大切だなんて。野球よりも愛してるだなんて。
成績の変化は火を見るよりも明らかで、華々しく飾られた一年目の栄光は地に落ち、あっと いう間に、



「な…んで?」
「浜田が好きだから」
俺?と浜田は今度こそボロリと涙を零した。
それすら、愛しい。
「でも、野球が出来なくなったわけじゃない、榛名なら、」
「浜田がすげー好きで、野球よりも大事だって思った。だから無理だ。野球は一番にしたって愛してもらえないやつが山ほどいんだよ。お前知ってんだろ」
「………」
「でもさ、俺野球やってないとダメなんだ」
右手で鞄を手繰り寄せて中にある包丁を持つ。浜田がいつも夕食を作ってくれる時に握っているそれは、きちんと手入れされて蛍光灯の光を反射した。
浜田はもう驚いていはいなくて、申し訳なさそうな顔をして包丁をみてた。全身の力がぬけて、静かな顔をしている。ナイフが刺さったままの右手だけが時折痙攣していた。
「野球やってないと俺は生きていけない」
「うん」
「俺はお前みたいにはなれない」
「うん」
浜田は笑ってみせた。なかなか俺には向けてくれない、俺の好きな顔。
「ごめん」
「謝まんな、榛名が謝るとか気持ちわるいなあ」
浜田の左手が伸びてきて俺の頬に触れる。なんかもう、ほんと、好きだ。こんな時だけ優しいなんてひでえな。
でもこれで最後。
右手に力を込め脇腹に思いきり付き立てて、左から右へと薙ぐ。勢いに任せたら思ったよりも深かったようで柄まで皮膚に潜り、滑らせた刃は後ちょっとのところで変に引っかかって止まった。
穴の空いた水道管のように血が噴出して浜田の顔が一瞬で染まる。横に動かないから引き抜いたら飛び散った赤で金髪が赤銅色に染まって綺麗だった。
「はる、な?」
なんだよ、って言おうと思ったら声が出なかった。代わりに赤黒い血液がゴフリと口から溢れる。腹の中身が食み出そうに動く。
すげえ痛いし、早く終われって思うんだけど、これで浜田をちゃんと見るのも最後かと思ったら、もう少し、なんて、浜田は心底驚いた顔をしていた。ただでさえ酷い阿呆面が更に笑える。
ほらな、だから先に謝ってやったんだよ。
俺は野球がないと生きていけないけど、なによりも浜田が大切だからこれしか思いつかなかったし出来なかったんだよ。わりいな。
支えられなくなる体重と、暗くなる視界。左の掌と頬に触れる温度だけがリアル。
じゃあな浜田。俺のこと忘れんなよ。


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