「身分違いの恋だって。憧れちゃうね」

端の擦れたハードカバーを閉じるとその風でふわり、前髪が鬱陶しく揺れた。そういえば前に髪を切ったのはいつだっただろう。
悲劇が売りの名作家が金色に泊押しされたそれを一瞥した泉は不快そうに鼻を鳴らした。
「泉?」
「憧れる?なにが?」
くだらねえ。つか、なにそんな小難しい小説なんか読んでんの?浜田の癖に。お前は幼稚園児でもわかるような出会って惚れてキスして終わる安っぽい少女マンガかエロ本でも見てればいいんだよ。そんなもん読んだってどうせ理解なんて出来やしねえだろ。そんなに文字読みたいなら参考書読め留年野郎。
「うわ、辛辣ぅ」
書きかけのレポート用紙から目線も外さずと一息にズバズバと吐き出してくれた暴言に両手を挙げて降参のポーズ。
「泉はひでぇなあ」
ここまで滅多討ちだと逆に笑えてきてクスクスと呟いた。
まあ実際そうだとは思けどね、この帯に書いてあるような大層な尊さも教訓も俺には読み取れないさ。得たのは絶大な羨望だけだよ。でも、もうちょっと言い方ってものがさあ、あってもいいのにねえ、泉らしいけれど。
「おい」
「ん?」
「俺も、お前も、ただの高校一年生だ」
「………知ってるよ」
「なら、いい」
このまま誤魔化せるかと思ったのに、見てみれば泉のレポートは一文字も進んでなかった。
こうやって常にぐるぐる渦を巻いてるものをほんの少しちらつかせてしまうのは俺のくだらない自虐心なんだけれど、その度に揺さぶられる泉は可哀想(なんて、元凶は俺なんだけど)
安心しなさいと、そんな不安はいらないのだと、幸せを望みなさいと。暗に繰り返して言い聞かせて、優しい泉。可哀想。
どんなに言い聞かせてもらってもやっぱり俺にはいつだって終わりがそこここに潜んでいて、俺を喰おうとしているように思えてしまう。
ねえ、俺それでもいいんだ。幸せなんて望んでないんだ。一緒に死んでくれなくていいんだ。切り捨ててくれていいんだ。
釣り合いなんて難しいことはわからないけど、ずっと泉の隣にいれるなんて思えないんだ。泉がどんなにプライド削って俺を諭しても明日、明後日でさえ泉が同じ気持ちで俺に笑いかけてくれるのか確信を持てずにいる。
このボロリと溢れる俺の気持ちが泉をひとりぼっちに押し上げてるなら、俺がおしまいを引き寄せてるのだろうか。そうかもしれない。
このまま俺の憧れや妬み、エゴ、恐怖、何より愛しさ、あらゆるものが泉を高く高く持ち上げていったらいつか手が届かなくなる。それで触れることが叶わなくなれば離れればそれが限界なんだって思ってる。
そうしたら泉が俺の存在を問うても、女みたいに見られるのを嫌って適当に切ってしまう髪を伸ばし俺を招いても、物語のように浚ってはあげられない。
ごめんね泉、ごめん。
最初からわかってたのに、泉を前にしたらやっぱりだめだったんだ。必死に背ばっか伸ばして、時間をちょっとでも引き延ばしてみて、泉の今の気持ちを盾にしてみて。
さっきの本の二人はね、この世で結ばれないのなら、と命を絶ってしまったよ。俺はそんなことになる前に泉をちゃんと手放すよ。なんてね、ただ動けないだけなんだけど。

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