悲しい思い出がいつか消えてしまうのと同じで、楽しかった思い出もいつかは消えてしまって、それは悲しい事なんだけれど、私はそれに救われてしまうんだ。救ってくれなんて頼んでもないのにね。有り難迷惑だってんだ、ばかたれ。

右手から伝わる温度をぎゅっと握り締めて、そんなことを思ってしまう自分の脳みそが、私はあまり好きでない。意思に反してどんどん働く思考回路の線をぷつりと切ってしまう、そんな超能力じみたことを出来る人がいるなら、どうか紹介して頂きたい。

でもまあ、ありえない事はありえないわけで。思い出がいつまでも、私の記憶の舞台に上がったままでいる事も、ありえない。ありえないからこうして記憶の奥深くに沈んでいくんだ。なに、単純な事じゃないか。

「あったかいね」

「お前は冷たいな」

「ん、冷え性」

「風呂浸かれ」

「もう夏だよ、暑いじゃん」

「夏は冷えんだよ」

「うそだ」

「ほんとだ」

頬に柔らかい髪の感触と、程よい体の重みに心が落ち着く。やんわりと握り返してくれるその手が、今はとても愛おしい。
この感情は誰が教えてくれたのだろうと考えれば、違う顔が浮かぶのだけれど、多分これはそれとは少し違うんだろう。覚えていないのだから、確認する術もない。

「交換日記しよっか」

「は?何それ」

「小学校ん時に流行ったじゃん」

「流行ってねえよ」

「女子の間では流行ったんだよ」

「ふーーーん、知らね」

「ただの日記だよ。交代ばんこで書くの」

「悪くないけど、続くかね」

「わかんない」

記憶ってのは結構適当に出来てんだよ。
こちらの意思に関係なく、あれ消したりこれ消したり無かった事にしたりさ。

「外付けハードディスクだと思ってさ。ほら、あれって便利でしょ」

「例えが解りづれえ」