Magical World
「オレは、待ってたからなぁ・・・。連れてってくれる、誰かを。」
桜吹雪が昇華してゆく。色とりどりの幻に彩られた、この国で。
幸せの可能性を示唆する名を持つ店を出てから、歩くこと数歩。我ながらひょこひょこという擬態語が似つかわしく思えて、参ったなぁ、そう小さく呟いてファイは苦笑してしまう。じんじんと疼く足の痛みはどうやら今しばらくは引いてくれそうもない。
「本当に、参ったなぁ・・・」
くんにゃりと、眉を曲げて笑う。この痛みが続く限り、彼のあの言葉も、想いも、聞かなかったことになんて、できないじゃないか。
ふと視線を上げるとそこには、広い背中がじっと待っているように向けられていた。足を庇うために少し低めに体勢を保っているファイのちょうど目線先に。
無言で屈み、けれど面倒くさそうに後ろ手をファイに向けて伸ばす彼の姿を見て
―― 一瞬心臓が 止まるかと思った。
「なにー?」
意図することはわかっていたが、あえて問いかける。こんな風にぶっきらぼうでいて包まれるように与えられる優しさには、慣れていない。
何よりも、この男から向けられるそれを果たして受け取ってよいものかと、正直戸惑ってしまう。
「歩けねえんだろう」
「んー?そうでもないよー?」
口角を上げ、精一杯眼を細め、そう言ってから、ひょこ、ひょこ、と改めて数歩歩を進めて見せた。
「ほら、ねー?」
「・・・」
「あ、でも時間かかるだろーから、黒わんは先にかえっ・・・うわっ」
ぶわりと視界が回ったかと思えば既に、逞しい肩に担がれていた。信じられないと狼狽したファイは、どうにか降ろさせようと声をあげる。
「なに、どうしたのー黒わんこ?」
「また鬼に襲われてぇのか。黙って運ばれてろ」
彼らしい簡潔な物言いに、思わずクスリと笑みが漏れた。
今度は作り笑いなんかじゃない。
自然と表情がゆるんだ。
「おっきいワンコってば、優しい、ねー」
感傷的になってしまいそうな自分をこらえて、本心からだけれど精一杯からかうように、お礼の気持ちを伝える。わざと作り笑いを浮べて見せると、予想通りにフン、と鼻を鳴らされた。
そうして景色がゆっくりと、流れ始める。
はらり、はらり
舞い落ちる花びらに白銀の光が映され、闇に散る。
「本当にこの国は、きれーだねぇー・・・」
担がれながら上体だけを起こし、鼻先を掠めゆく桜色のそれに視線を滑らせる。片手を翳せば、するりと花弁が肌面を撫でて舞う。
「ホラ、この色。ほんわりと幸せそうで。まるでサクラちゃんみたいだ。うん、ぴったりー」
黒鋼の歩調に合わせて揺れる視界。踏みしめる振動の度に、少しお腹が圧迫されて。
だからそのおかげで、幻想的なこの景色に溶けこんでいかなくてすむと思った。
このまま溶けこんでいったら、きっともう、戻ってこられないから。
少し冷たい夜風が肌に馴染んで二つの身を包み込む。互いに触れあう身体のその部分だけが、ほんのりと違う色の温もりを宿してくれる。
温もり。
幼かったあの頃、どんなに手を伸ばしても、届かなかったもの。
そしてもう、手を伸ばしては、いけないもの。
「あったかい・・・」
「何か言ったか」
「ううん、何でもないよー。・・・家までがんばって運んでね〜黒わんわん」
「・・・フン」
いつもよりもいっそう少ない忍者の言葉数。
いつもは噛み付くように反応を返してくる渾名にも怒ること無く、今は静かに流してくれている。
…それはあの時少し言い過ぎた、なんて。
この男に限ってそんな風に思うわけは絶対にありえないのだけれど。
『オレはずっと待ってたからなぁ。連れてってくれる、誰かを』
この彼が連れてってくれるだなんて期待している訳じゃない。
だけど。
「さっきは、・・・余計なこと、いっちゃったかな」
聴かれることのないくらいの小声で呟く。手を当てれば、大きな背中から浸透するように沁みてくるヒトの体温。魔法にかけられて、絡めとられてしまったみたいだ。
魔術師は自分であるはずなのに、魔力のない人間に魔法にかけられてしまうなんて、この国は。
本当に、この国は。
掌から伝わる魔法を弾いてしまわないようにせめて今だけ、と、目蓋を落として魔力の宿る蒼を隠す。
優しさを受けることに不器用すぎるこの魔術師には。
貸されたこの背中はあったかすぎて。
この魔法は居心地が良すぎて。
抜け出すのが、抜け出すのが苦しくて。
これ以上は
やけどして、しまいそうだった
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題名の通り、鬼束ちひろさんの【Magical World】を聴いていて浮かんできた妄想文です。
一番私の黒ファイ像に近い関係だと思うので、前サイトから再録しました。
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