しょーと | ナノ
Portrait de la solitude



 


くるくるくるくる

指先に魔法をのせてみる。


真白い世界。


何処までも広がる吹雪の世界。感じるものはがらんとした空虚だけ。他には、何もない。


まるで夢幻のように、広がっていた。





le portrait de la solitude





もうどれくらいの時間、ここに一人居ただろう。


二度目の旅が終わり、帰るところのなかったオレは、彼に誘われて日本国に厄介になることにした。そこでは知世姫も国の人たちも、優しくオレを迎え入れてくれた。

そうして過ごした、束の間の幸せな日々。

そう、長い長い人生の中の、ほんの刹那。けれどそこでの生活は。そして彼らと旅したあのひと時は。

オレにとっては一生分の輝きを含んでいた。

使えば使うほどに強くなる魔力のせいで、オレの寿命は限りなく延び、ついには次元をゆがめるまでに膨張し始めた。これではいけない。だから自ら結界を、世界を作って、その中で生きることにした。

オレの、命数が―――尽きるまで。



けれど、尽きることなんてない。次元を維持するだけでも魔力は坦々と費やされていた。…命は、限りなく続く。

手元に残ったのは一本の刀。他のものは置いてきた。全ては、朽ちてしまった。



取り返しのつかないことになる前に

やらなくてはならないことがある。


このまま次元がゆがみ続けたならばやがて
かの男が描いた夢のように世界は陥るだろう。
それが実現してしまう前に。

次元をゆがめる核を、絶たなくては…




「ごめんね」

「なんで謝る」

「だって、こんな役回りー」


そう言ってオレは久しぶりに”笑顔”を作る。最後に誰かと会話したのは、何時のことだったろう。

ようやく、会えたね。けれどやっぱり。


「ごめんね」


そうやって謝るしか
オレには出来なくて。

だって、そうでしょう?
君にここに来てもらったのは、
あの約束を、果たしてもらうためなんだから。

それも君のことだから、百も承知なんだろう。



「髪、切ったのか」

「うん、ここに入るときにね。東京での、あの時の長さなんだ…。それからは魔法で伸びないようにした。」

彼がこの世を去るときには、腰の辺りまであったもののことだ。
願掛け、だったんだろうか。
自ら創り出したこの世界に入るときには、きっとこの時が来ることを悟っていた。



「…馬鹿だな、てめえは。」

心なしか、少し、彼の表情が和らいだ。


「うん。馬鹿だよ…」

おかしくなって、オレもつられて笑った。



「やっぱり君じゃないとダメだと思った。君と離れてから世界を渡り歩いて数度君に出逢った。違う世界で生きる君に。けれど、彼らはキミじゃない。

オレがそれを望むのは、あの時オレに命を与えた、ただ一人の…君」


「…もう、いいのか。」


「うん。 ごめんね」


一気にりりしい眉間に皺が増える。いつでも本気。…そんな君だから。



「『そんなに死にてえなら俺が殺してやる。だからそれまで、生きてろ』」


もう一度、あの時の約束を繰り返してくれた。どうしよう、やっぱりオレは笑うことしか出来ないや。

けれどね、

けれど。


頬はこれ以上ないくらい緊張して、口角はしっかりと上がっているはずなのに。

笑っているはずなのに。

それなのに、


――その表面に、雫が伝うんだ。




「ありがとう」



しっかりと紅を見つめて言う。

何故ならもう、逃げなくていい。
強い意志を宿したその瞳から。
気づかれまいと、近づくまいと、何処までも逃げ続けていた、いつかみたいに。
もう、逃げる必要はなくなったから。

形の不鮮明でどこか透明な君が、ゆっくりと愛刀を左手に構える。

左腕。
今なら、ちゃんとあるんだね。



ああそうか。




それは、オレをあそこから連れてってくれた対価だったから。
またそれがオレを連れて行ってくれる。

なんだか、最後まで、ごめん。


両の腕を広げてオレは彼に一歩近づく。彼の拳に力が入るのがわかる。そこで気が付いた。





…ねえ、どうして?

君と同じ場所に行くのに、
これからはずっと一緒にいられるのに。

どうして君は、そんなにも険しい顔しているの?
  ―― 剣先が、震えているの。

男前が台無しだよ、黒りん。




やっぱり、優しいね。




頬が緩むのをとめられず、銀竜の刃を掴んで、ゆっくりと左胸へと当てた。
刹那―――、視線が合った。
力を込める。前へと歩み寄る。全身を駆け巡り指先にまで伝わる、鈍い音。逞しい腕はしっかりとその刀を保持しているから、この震動は君も感じているのかな。

オレは視線を逸らさない。

――彼も、視線を逸らさない。




そうして












オレは彼の左手に辿り着いた。ようやく触れることの出来た彼の掌は、あたたかい気がした。

感触のないそれを、そっと撫でる。


一面を覆っていた雪が解けて、氷が解けて、それを視界の端に捕らえたオレは最後の魔法を使った。
ほどいてゆく。亜空間ごと、薄っぺらでちっぽけな躯を溶かす。

だって、君のいないこの世界にそれだけ残したって、仕方がないでしょう?

魔法で空間を調整する。オレが彼の魂を召還したことによって崩れているだろう理を再構築して。

そして、死を死として迎え入れられる、均衡の取れた元の世界に。





ついにオレたちは永遠に消え去った。

もし生まれ変わりだとか、世界は巡って繰り返すものだとかいうのならば、それはもう、いい。

きっともう、何度も何度も繰り返して、その末に辿り着いたのが、此処だったんだ。だからもうこれでお終い。





幻想だろうが。



意識が途切れる瞬間、オレは彼の左腕に包まれているのを感じていた。


 
 

 ---