しょーと | ナノ
AIUTA 3



 


いつしか流れはほどけて、ひとの波は動いていきます
魔法は解け、おのおの日常のテンポへと


信号は赤です

流れはとまりました


ステッキと傘で両手を塞がれた彼はそのまま進みます
丁度彼の瞼の先には前の人間の傘の芯が待っていました

黒い男は彼の前に腕を差し出しました

「―――ッ」

ビクリと彼は動きを止めます
何が起きたのかよくわからなかったようです

黒い男はそれでいいと思いました
だから信号が青に変わるとそのまま進みます

黒い男の前に彼が歩いていきます
その前には自転車が乱雑に停められていました
曲がりくねった金属は、彼の布ごしの皮膚を待ち構えます。

黒い男は鉄のバリアに向かって歩いていく彼にとうとう声を掛けました


「――そっちじゃねえ」

「?ありがとう」


男は彼の腕をぐっと引きました
こんなに危なっかしいのに何でひとりで出歩くんだよ、と心中突っ込みを入れながら男は彼に方向を聞きます


「マクドナルドは後ろにありましたか?」

「ああ?そういやあったな。よくわかんねえ」


男は越してきたばかりでこの辺りの地理に詳しくはありませんでした
今、偶然にも自分のアパートと同じ方向に進んでいます

同じ方向だったのか、と男が思いますが、彼の示したほかの印を考えるも、どうしてもそんなものは思い当たりません

「おい、本当にこっちであっているのか?でなきゃおそらく大分歩かねえと、そんな建物ねえぞ」

「・・・」

男はしばらく思案した後、違っているのかも、と呟きました

「しゃーねぇ。乗りかかった船だ。送り届けてやる」

男は言いました

「…ありがとう」

彼は苦笑いを浮かべていいました

二人は元着た道を辿ります
道々出来た水溜りを、男の誘導で避けていきます


「働いているんですか?」

「いや、学生だ」

「じゃあ、春休み?」

「んや、今日も帰りだ」

「専門学校なんですね」

彼の返答は回転が早く的確でした
そんな風に他愛のないことを話しながら男は思います

ああ、こいつには同じ年瀬のダチが多い
そしてそいつらのことが大好きなんだろう


それは彼の醸し出す雰囲気によるものでした
そしてそれは、ごくごく自然なことのように思えたのでした


やがて例の交差点へと戻ってきました

「やっぱり違っていたんですね」

クスリとまた、彼は苦笑いを浮かべます

「それじゃあ、ここで大丈夫です。あとは自分で行けますから」

そう言うと彼は男から離れていきました
男は彼がそう言ったので、無言で見送ります

しかし彼はぐるぐると輪を描いて、再び自転車の中へと向かっていきました

ぶつかりそうになったその瞬間、男はがっしりと彼を制しました

「だから行くっつってんだろ」

彼は再び苦笑しました

「・・・すみません」
「ついでだ」

なるべく無愛想に男はこたえます

男は彼の苦笑の意味をわかっているつもりでした
思いあがりかもしれません

しかし男は彼のことを違うと思いました
手前勝手に理由をかこつけて人に覆いかぶさるような、そんな人間ではないと


「で、お前、どこに行くんだ?」
「あおぞら接骨院」
「・・・・」
「?」

なんだおい、そのお前にぴったりのネーミングの接骨院は。
それよりも何で接骨院なんだ?

怒涛の突込みが男の中で激しく渦巻いています

そんな男の心中に彼が気づくわけもなく
二人ならんで歩きます

「帰り、今からだと遅くなるんじゃねえのか?」
「ええ、まあ、大丈夫です」
「・・・」

彼の言う、目印が見つかりました
その隣には、目的の建物がありました

彼を片手で導きます

「おい、着いたぞ」
「ありがとう」

彼は申し訳なさそうに微笑みます
そんな彼だから、男は彼に言いました

「帰り、気ぃつけんだぞ」
「・・・ありがとう」

にっこり彼は微笑みます

「あなたも帰り道気をつけて」

そういうと、後ろを向いて医院の中に入っていきます

「ああ、サンキュ」

彼に感化されたのでしょうか
普段口からついて出ないような礼の言葉がポロリと零れました

男が目を見開くと、彼も振り返りました


「「・・・」」


沈黙する二人は確かに目が合いました

それぞれの思惑は違えど、ふっと笑みを交し合いました

「じゃあな」
「さよなら」

黒い男は家路へと向かうために彼に背を向けました




流れていきます
流れていきます

ひとの気持ちもこの日常も何もかも

ただその日常でふとしたことに縁ができる瞬間、新しい和音が紡がれるのでしょう



今日の黒い男と、青空のような彼のように








***



前サイトから再録。
実はこれ、日記でした。黒鋼さんポジで会話に至るまでほぼ実話。

ここから黒ファイならば縁が続くんじゃないかな、と思います。



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