つきの魔法 | ナノ




 着いた社を潜り抜け、二人は神社の裏手に回った。蟲の一匹すらも感じれらない、静寂の空間。湖に向いて、境内の裏手の段に、黒鋼は腰を下ろした。

 一方ファイは、冷たい空気に溶け込むように身を伸ばし、湖を見つめていた。その瞳に、黒鋼は温度のない眼差しを見る。訝しく思い、声を掛ける。

「おい、そろそろ―――」

 言いかけて黒鋼は息を呑んだ。やはり、様子がおかしい。茫然とした表情で、水際に向かって行こうとするのだ。

「っと。あぶねー」

 湖に倒れこむ寸でのところで、ファイの肩を抱き留めた。しかし、反応がない。

「何ボサっとしてやがんだ、てめ、え…?」

 声を掛けながらファイの顔を覗きこむなり、目を見開いた。青いはずの瞳の色がちかちかと黄金色に変化していたから。鋭い光を宿した吸血鬼の時とは違う、虚ろな色。

「おい!」

 朦朧とした様子のファイに黒鋼が声を掛ける。頬を叩いてみても、やはり反応は無い。

「くそう、どうなってやがんだ…!」

 焦った声を出しながら身を揺すっていると、やがて完全に黄金色の薄膜を宿したファイの瞳が動く。視線の流れる先は、湖の水面―――いや、水面に映った、月だ。

 水面からは眩い閃光が迸る。その光量に、思わず黒鋼は腕をかざして目を瞑った。かなりの時間、湖は光が放ち続けた。それから次に目を開けることができたのは、大分経ってからのことだ。

 眩んでいた眼をそろそろと開いた黒鋼は、湖に映る自分とその腕で気を失う者の姿を見た。

 そうして第一声は。


「なんじゃこりゃ〜!!!!!」


 決して近くはない白鷺城までも届くかのような、咆哮の如き雄叫びだった。


 

mae tugi