つきの魔法 | ナノ

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「黒りー」

 明るい月明かりの下、甘えるように呼びかけるソプラノは、鈴のようでいて軽く空気に弾かれるようだ。黒鋼に連れられて日本国にやってきた金髪の魔術師は、今、幼い子供の姿をとっている。その瞳には魔力が戻り、まるで宝石のようなキラキラとした蒼を湛えている。

 ふとすれば、ついつい視線を投げてしまいたくなる衝動を抑え、こちらも同じく姿を変えた紅い眼の少年は、金髪の彼に涼やかな襟足を向けていた。ずんずんと白鷺城への道を大股で辿っていく。大きくなってしまった着物を無理やりに上げ、帯を締め付けたがどうしても裾は擦ってしまう。そんな屈辱を味わいながら、足を進める黒鋼の不機嫌は絶頂だった。

 彼の左肩には今、旅の途中で失ってしまったはずの腕が戻っている。突然自分たちの陥ったこの無茶苦茶な状態に、どうしても納得がいかないようで、黒鋼少年は不機嫌に輪をかける。

「ねえ、黒たんてば〜。そんなに怒んないでようー」

 金髪の少年、ファイは、淡い桃色の口びるを小さく尖らせて可愛らしくお願いを紡ぐ。いかにも健気な様子に根気敗けしそうになりつつも、やはり怒りの収まらない黒鋼は、自分よりも更にひとまわり小さくなってしまった彼に向かって、大きく呶鳴った。

「うるっせえ!!!」

 空気がビリビリするほどの大音量。しかし残念なことに、少年の高い声では、本来彼の持つ迫力の欠片もない。

「・・・・・ふえ・・」

 いつもは怒鳴りつけられても、へらへらと笑っている彼が、今は大きな蒼い瞳をうるると潤ませて、少し下がりぎみの目尻をさらに下げる。その様子に少し黒鋼はぎょっとする。

(まさかワザとじゃねえだろうな、この野郎・・・)

 それでもたじろぐ黒鋼の前で、ファイは薄いひかりの匂いたつ金をふわりと震わせた。あまりにも小さくて庇護欲を掻き立てるその姿に、黒鋼少年は肩をビクリと揺らせたが、はっとしてからつーんとそっぽを向く。

「・・・〜〜〜」

 やがてチラリと、横目で様子を伺う。もしかして、泣いてしまうのではないだろうかと。

 ドキドキしながら少ぉしだけ片目を開いて、隣でへちょりと俯くファイを盗み見るが、金色ばかりで顔は見えない。ただ、ぶかぶかの着物をまとい、肩を震わせる乳白色の小さく細い首筋がどうしても気にかかる。目に毒だ。月光に浮き上がった金糸がふんわりかかって肌には透明感は増す。

(何考えてんだ!俺は)

 大きく深呼吸して、危うく甘やかしてしまいそうになる心にぐっと堪える。自制心だ。そう、ここで簡単に許してしまったならば、これからの生活、ずっと尻に敷かれることになるに決まっている。

(・・・これからの生活?)

 黒鋼は自分の考えた単語に顔に火がついたようにボッと赤くなった。いつもの風格はどこへやら。うなじの辺りまで真っ赤に染まる様子がむしろ初々しく微笑ましい。身体に伴って、感性までもが若年化してしまったようだった。


 今、二人の姿は子供に戻っている。

 だいたい大きさで言えば、黒鋼は諏倭の国を出た頃、ファイはヴァレリアを脱出したころだろうか。さて、どうしてこのような事態になってしまっただろうかと、黒鋼は思い出したくもない先程の記憶を辿ることにした。


 

mae tugi