真夏の夜の現夢 | ナノ





 背後には海が広がっていた。特有の湿った風が頬を打つ。それでも潮気を含んだ温いそれは、夏の不快感を助長するものでしかない。絶壁の上に立つ三つの人影の周りには、幾本もの松の木がゆるやかに頭を擡げている。


「二人とも、どうー?」


結構な深さに到達してしまった穴の上から、ファイが大きな背中に向かって問いかける。陽炎が上っていくほどの暑さだというのに、ファイは金の頭からすっぽりと幾重にも羽織を被っていて、その手は小刻みに震えている。あれから体温が上がらず、寒いのだ。


「いや、ねえな」

「ここは掘りつくしてしまいましたし、もう少し違うところにしてみましょうか」

「休日なのに、変なことに駆り出してごめんねぇ」


そう言ってへにゃんと笑うファイに、頬を赤くしながらも律儀に軽く頭を下げる。黒鋼と同じく休日だった彼付の少年は、剣の稽古をつけてもらおうとやってきたらしいのだが、丁度二人の出かけるところに遭遇してしまったのだった。ファイの顔色は相変わらず…いやむしろいっそう蒼褪めていたから、昨日の一件が絡んでいるだろうことが容易に想像でき、力になれればと手伝いを申し出たのだった。


「わりいな」


珍しく小さく侘びを入れる大将に、少年忍者はぶんぶんと精一杯こうべを振る。


「これが終わったら黒りん先生がたっぷり稽古つけてくれるよー」

「はい!」


気合の入った返事にますます共に旅した少年が想起されて、二人の表情に笑みが宿った。そんな彼に竹の水筒から水を注いで手渡しながら、ファイは耳に残った昨夜の言葉を回想する。


「・・・松の木の下。断崖。並ぶお地蔵様。磯の香り。それから、桐の箱」

「それだけか」

「そうだね、だいたいこれの繰り返し。あとは泣き声が響いて聴こえなかった」


 頼りない手がかりと照合して最も目ぼしいのがこの場所だ。しかし、先程から黒鋼と少年が虱潰しに土を掘り起こしているのだが、目的の物は見つからない。列挙された情報のうち最も信憑性のありそうな地蔵は一定の間隔を置いて四体並んでおり、いずれも随所が断片的に欠けていたのだが、特に最脇の地蔵の頭部は肩にかけて酷い損傷を受けていた。


「・・・もしかして」

「うん?」「あ?」


その地蔵を訝しげに見ていた少年が思いついたように呟くと、長身の二人がその顔を覗き込んだ。


「もしかしたら、なんですけれど。この地蔵、五体あったのかもしれません」

「それはー、どうしてそう思うのかな」

「おれの祖母なんですが、小さい頃に聞かせてくれたことがあります。五つ地蔵のある岸壁に、昔一度、名のある敵国の忍が追い詰められて――持っていた震天雷で、自爆していたことがあるのだと。聞いていた風景といい、ここにぴたりと一致します」

「その時に地蔵も一体吹き飛んだってことか」

「はい、おそらく」

「ふ――ん。ふむふむ・・・・・ん?もしかすると、ここかなぁ。石の台みたいなのが残ってる。黒ぽん」

「ああ」


其処に屈むとなるべく丁寧に問題の箇所の前の土を掻き始めた。初めは道具を使うが、何かに当たる感触があったので、手でその周りを辿るように土を退かせる。


「あったぞ」

「・・・桐の箱だね」


取り出したのは黒鋼が小脇に抱えられるほどの大きさの箱。土を被っているが長方形の型は何とか保たれている。


「未知との遭遇だねー。開けるよ?」

「ああ」


持っていた鑿(のみ)で堅く閉じられていた封を打ち、かぱりとその蓋を開く。予想通り、水分が散って乾涸びてくすんだ小さな白骨が納められていた。それをファイはどこか呆けた様子で見つめる。


「……くろさま」

「あ?」

「弔い方を、教えてよ。日本国式の」

「そうだな」



静かに乞うファイに、黒鋼は頷いた。






mae tugi