「ん・・・」
ファイが意識を取り戻すと、閉じた視界は黒い影に覆われていた。頭を、髪を撫でられる重みがある。未だだるい身体。瞼を開くとそこには見慣れた忍者の顔があったが既に陽は高く、逆光でその細部までは見えない。ぼんやりした頭で、ああ、これはなんだか少し勿体無いなんて、どうでもいいことを考えてしまう。
「もう昼だぞ」
「え、あ、うそ。ごめん」
慌てて布団から起きだそうとするファイの胸を黒鋼が軽く押すと、その身体はこてり、と布団の上にリターンした。
「そんなこたぁいい。お前、死んだみてえに冷たくなって動かずに眠りこけてたんだぞ」
「・・・わぉ。オレもしかしてやばかった?」
「わぉ。じゃねえよ、コノヤロウ。毎度心配かけやがって」
今までならば、心配などとは決して口に出さなかったのに。はっきりと豪語してくる黒鋼を前にむしろファイが動揺した。本当に彼は変わった。腹が決まったということだろうか。だがそうなってしまうと堪らないのはそれを向けられるファイのほう。手元の掛け布団ですっぽり口元を覆って頬の紅潮を隠しながら、口先だけで忍者をからかう。
「おおっと黒サマってば大胆発言」
「うるせえ!!」
ごちん、と一発、脳天に拳骨を食らわされた。いてて、と頭頂を擦り、いけないことだと思いつつも、しっかりと加減されていたそれに無意識のうち、表情が緩んでしまう。
実際、ファイの希望で別室に居た黒鋼は、定刻になっても起きてこないため部屋に様子を見に訪れ、そのあまりの顔色の悪さに起こそうと試みたがいずれも失敗に終わっていたのだった。その時の体温の低さといったら、そのままあの世の人間になってしまいはしないか、数分置きに呼吸を確かめずにはいられなかったほどだ。
「今日黒さまが休みで助かったよー」
「そういう問題じゃねえだろう」
見送りも出来なかっただろうしね。そう言ってくふんと笑う、やはりな調子のファイに黒鋼は呆れ果ててしまう。どこまでいってもこの男はこの男であるらしい。
「出たんだな」
黒鋼の念押しにファイは神妙に頷いた。
「彼女は亡くなった子供を置いたまま逝ってしまったために…眠ることができずにいるんだ」
mae tugi