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ぽたり―――
ぽたり―――
静寂の中、水の落下音が響いている。幻聴だろうか。ファイはゆっくりと瞼を押し開いた。辺りはまだ真暗い。障子はいつ、閉めたのだろうか。確か開いて蚊帳を張っていたはず。そうして案の定動かない首をそのままに、視線だけを一点に固定する。その先には土塗りの壁。部屋の四隅のうちの一つに落ちる翳が一際濃い。――其処だと直感した。
(また、来たんだね)
声帯を震わせることも出来ないから、心で問いかける。風も無いのに風鈴がちりんと音を立てるのを耳の端で聴きながら、じんわりと影が形を成してゆくのを見つめた。
女が現れた。―――彼女だ。
しかし、 昼間と見たときとは些か異なる節がある。その腕には、白い布を後生大事そうに包み込むようにして抱えているのだ。
(オレに言いたいことがあるんでしょう)
冷たい空気が暗闇に仄かに光を放つ髪を撫でた。まるで肯定を返しているかのように。
それまでずっと微動だにしなかった女がおもむろに右腕を挙げた。ファイの見ている前で、ゆっくりと白い布の内部に指を這わせている。微かに乳呑児の声がした。
(まさか…)
ファイは、彼女が抱えているものが赤ん坊であるらしいことに気が付いて瞠目する。彼女の抱く布から何かが伸ばされた。鳥の足のように骨ばった、小さな小さな白色の手が。か細かった赤ん坊の泣き声が、徐々に低音を帯びてゆき、魍魎の彷徨うその音に背を撫ぜられぞくりと悪寒がする。
ずっと俯いていた女は顔を上げ、その白い顔をファイに曝した。
青白い唇を動かし、何事かを囁く。
声は聴こえない。何時しか水音も消え、無音の世界にファイは包まれていた。固唾を呑んで言の葉を拾おうとする。
―――この子を探してくださいませんか
ようやく、一言聞き取ることができた。それを機に、この世のものではないそれらはどんどん流れるように聴覚に流れ込んでくる。断片的だが留まることなく次々とファイの鼓膜を震わせてゆく。時に音は幾重にも重なり、波打ちあっては奥深くで絡みゆく。馴れない感覚に頭痛がする。それでも耳を傾けようと必死に集中していたが、遠く近くに積み重なるそれに耐え切れず、とうとう意識が遠のいていった。
mae tugi