真夏の夜の現夢 | ナノ





 翌朝。黒鋼が覚醒すると、微かに荒く、籠ったような息遣いが聴こえてくる。隣に眠る彼の肩を掴んで手前に倒すと、ファイの頬は紅潮していた。額に手を当てると熱がある。


「寒いか?」


 尋ねるとコク、と僅かに頷いた。舌打ちすると黒鋼は軽めの布団を在るだけ掻き集めてくると、苦しげな息を吐くファイの身を巻くように掛けた。


「夏風邪か。お前、布団から出るなよ」

「・・・・く、ろ」

「喋るな。飯も風呂も焚こうともするんじゃねえ。今日は俺が帰ってからやる」


 黒鋼の言葉に、へにゃとファイは笑った。思うように出ない声に代わって、了解を伝えたつもりだった。迷惑を掛けてしまうことになるが、こんな状態で下手に動く方が後でより多くの負担を掛けてしまう。粥を食べるかと尋ねると食べれそうにないと首を振るファイに、もう一度布団を深く掛け、盥に水を張り、飲み水と解熱剤の頓服を用意すると、黒鋼は邸を後にした。









「ごめんください」


 その日の正午、扈従の少年は黒鋼の邸に足を運んでいた。緊急の仕事に手が離せない黒鋼に代わってファイの様子を見にくるよう頼まれた為だ。いったんは声を掛けるが家の住人は何時ものように出迎えることはできないだろうと靴を脱ぎ、玄関から上がる。


 照りつけるような陽射しが容赦なく降り注ぐ。外を歩いてきたためにじっとりと汗ばんだ衣から空気を追い出そうと襟元をぱたぱたと動かす。そうこうしながら縁側に面した長い廊下を渡るうち、ひやりとした空気が、異人の眠る畳の間から漏れ出ている気がした。

 庭に面した障子の前に立って少し隙間を開ける。すると薄暗い部屋から溢れ出すように、匂いの無い空気が少年の頬を、耳元を、掠めて行った。


 驚いてばっと障子を開け放つと、扈従はその部屋に眠る麗人へと駆け寄った。外はこんなにも湿度も気温も高いというのに、室内は寒気すら覚えるほどに冷涼としている。横たわる彼の顔を覗きこむとうっすらと異国の蒼が見えた。汗を一筋たりとも掻いていないその額は青白く、眼が開いているにも関わらず部屋の片隅一点を見つめたままびくりとも動かない。軽く揺すってみたが反応は全く無かった。


「ファイさん!!」


 声を掛けるとようやくゆっくりと扈従の方へと虚ろな視線を向ける。腕を寝間から出し、持ち上げそろり、と扈従の頬を撫でる。火照った頬に、冷たい指先が滑る。心配そうに覗き込む彼に、ファイは言った。



「そんなに、 泣かないで、」


「―――!」


 脈絡の無い言葉に驚き、再び強めに彼の細い肩を揺する。はっと漸く我に返ったファイが瞳の蒼を濃くした。


「―――あ。ぁあ、君か。大丈夫。大丈夫だから。変なこと言って、ごめんねー…」


 声も出ないとのことだったが、かなり軽快しているらしい。胸を撫で下ろしつつも少年は見る間に赤面し、淡い金のかかる肩を保持していた手を急いで引っ込めた。








mae tugi