真夏の夜の現夢 | ナノ

  


 帰った黒鋼が夏の熱気を解放するために開け放ったままの障子の横を通過すると、室内に蒼い着物を纏った細い背中が見えた。涼やかな風鈴の音が耳を打つ。

 彼は寒さの厳しい国からやってきたため、暑い日が続いている最近は昼間余り活動的に動けないようだった。しかし忍者の帰る頃になると、いつもきちんといずまいを正して待っている。いつもは人前でのんべんだらりとしているくせに、一人の時ほど手を抜くことができない。どうやら彼はそういう性癖を持つらしかった。


「おかえりー」


 くるりと振り返り微笑む同居人の顔色はやはり優れなかったが、それでも相も変わらない口調に些か安堵し、部屋へと足を踏み入れた。そこで魔術師の表情に違和感が浮かび、思わず足を止める。


 しかしそれも束の間――。すぐにいつも通りの表情に戻った彼は立ち上がると、水場の方へと消えていった。その線の細い背を見送りながら、黒鋼は真剣な面持ちで眼を細めていた。















「もし彼に手を出したら、ただでは置かない」



 水場へと到着したファイは、一見すると誰も居ないひんやりとした壁の一隅に向かって言葉を投げかけていた。


 魔力を帯びた蒼は冷徹な光を帯びる。しかし見えざる相手はやはり姿を現すことはなかった。ファイは眼を細めて釜戸の裏の上部あたりに漂うものを見ようとする。あの部屋に居た「何か」は、ファイに付いて確かにここにやってきていることを感じ取っていた。


 先刻、帰ったばかりの忍者の広いその肩に乗る白く軟い女の手。それをファイは見た。後ろに人影があるはずもない。日本国に来てからというもの、同調、とでもいうのだろうか。魔力と霊感は全く別のものだが、その感性には似通う部分がある。独特のシャーマニズムの形成されているこの国において、過去には感じる事のなかったものがおぼろげながら時に感じられる様になっていた。魔力のない黒鋼が気づかないものの存在を、ファイだけが知ることもある。それらは害を為さない精霊のようなもの。だから特に、改めて忍者に伝えるということはしなかった。

 けれど今回のように、はっきり形となって見えたのは初めてのことである。そしてやはり、あの手に敵意は感じられなかった。だが、害を与えないまでも自分のみならず、彼にまでちょっかいを掛けるようであれば話は別だ。ファイは牽制を目的に鋭い魔力を静かに迸らせた。







mae tugi