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夕べの風が寂しげにもっと早くに送られるべきだった魂を迎えに来る。
ファイの前に現れた彼女の墓はあるかどうかも調べようがなかったから、黒鋼の案で河に流して供養することにした。
灯篭で囲まれたそれの中には、思いつく限りのものを入れた。身を上質の絹で包んで、子供の好みそうな菓子なども副えた。
花を供える。菊がいいだろうという忍者の助言に従った。
灯がゆらゆらゆるりとゆれ、だんだん紫を帯びる広い水面の上に移ろい流れゆくそれを、淡い蒼で座ったまま何時までも見送っている細い背中。
その背中がぽつりと言った。
「お母さんってなんだか、偉大なんだねえ…」
「あ?」
「死んでても子供のために出てきちゃうんだ」
「…ああ」
「――せめてもの償い、だったのかな。…地蔵の前に埋めていってあげたのが。だってね、お母さん、埋めた直後におそらくあの断崖から……」
「……」
改めて紅い視線を送ると、細い影がひどく頼りなく見えた。
「でもあの子、ほんとうは一緒に行きたかったんじゃないのかなぁ…」
「………」
そう言って俯いてしまい、動かなくなった旋毛を見ているうち風が流れてさらさらと細い金糸が舞う。
「さあてと。行きますかぁ」
すっくと立ち上がり、一つ伸びをする彼の小さな頭を、大きな手で鷲掴みにした。
「わわ?!」
「おい、勝手にいなくなるなよ」
「解ってるってー」
「おら。そうだな、今日働いた分はちゃんと身体で返せ」
「へ?・・ええ?!何でそういう思考に直結?」
「遠慮すんな。寒いんだろ」
「いえもうむしろ暑いですから、結構です〜!」
忍者の手からするりと抜けて、金髪を靡かせながら走っていく。
彼はこれからもゆっくり時間をかけて一つずつ、この国に染まってゆく。
思い出したことがあるのか、そいつは唐突に立ち止まり、くるりと振り返ると大声で叫んできた。
「黒様先生はかえったらまずお稽古だよーー!」
可愛い弟子が待ってるんだからー!追い討ちをかけるように被さってくる言葉にちっと舌打ちしてから、大きな体躯はゆっくりとその背中を追った。
*了*
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