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日本国元日。
毎年恒例の式典行事が催された後、城からとある警報が発せられた。
――術の類の力を持たぬ者は流行り病に気をつけるように。
症状は風邪様のため命に関わる程のものではないが、術力を持たない者中心に十年来の大流行の兆しがあるというのである。
そしてその病に見事にかかってしまった日本最強忍者がここに――
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「………ぜぃ」
広い肩の大柄の忍者は現在布団から動くことはできない。例の流行り病を羅患してしまったのだ。
「うーん。黒様が風邪ひいちゃうとはねー。まさかこんなことがあろうとはー」
お天道様も吃驚だよー、という大仰なファイの台詞に、汗に囲まれた紅が剣呑と光る。
「…………てめえ」
「あはー。まあ怒んない怒んない」
笑いながらファイは黒鋼の額でぬるくなってしまった手拭いを、手桶に汲んできた冷水に浸す。
「何…楽しそうに…してやがる…」
くそぅと悔しげに黒鋼が看護人の顔を睨み付ける。
「だって弱ってる黒様可愛くってー」
むっふーと笑うファイに気色悪ぃな、と黒鋼はせめてもの抵抗にと難色を示してやる。普段ファイを片手でひょいと背負ってしまえる程の大きな体躯を持つ黒鋼が、今は枕元にファイが座り頬を撫でても熱の為か何一つ抵抗しないのだ。
それに熱っぽい首筋からは男らしい色気を漂わせている。目を閉じてぜぃ、と苦しげに吐かれる吐息から、ファイの方が何やらおかしな気分になってしまいそうだ。
「あー。これがもしかして旅でいつかモコナに聞いた――…」
ファイは頬にぐるぐるとなるとを浮かべ、瞳をきらきら耀かせ、一呼吸置いてから言った。
「萌え〜?」
「……あ?…んだそりゃ」
また意味の分からねえことを、と呆れ顔の黒鋼に、ファイはえへへ〜と愉しげに笑う。教えたところで更に熱を上げさせるだけだと判断したファイは流すことにした。
「ん〜まぁ黒様は気にしないで?」
にーっこりと表情を蕩けさせたファイは黒鋼の硬めの黒髪をなでこなでこする。
言葉を発するのも面倒臭いらしく、黒鋼は何も言ってこない。
それに気を良くしたファイは頭部から頬に指を滑らせる。
ファイは体温が低めだ。
その為熱の篭った身体には触れる彼の指が気持ちいい。
だから吸い込まれるようにすぅっと、黒鋼は瞼を落とした。すると。
こつん
「………んー、まだ熱だね」
顔の辺りに涼風を感じた黒鋼が次に紅い眼を現すとそこには、眼を閉じて額同士で熱を計る、ファイの顔が触れあうくらい近くにあった。涼やかな吐息と軽やかな金の房が黒鋼の熱っぽい鼻や頬をくすぐる。
どうしてこいつは存在自体甘ぇのか、と熱のせいか本気で考え始める。
(勿体ねえな、くそ…)
彼に手を出せない状況に、黒鋼は己の体調の悪さを心中で呪った。そんなことには微塵も気づかず、ファイはついでに髪の生え際にひとつちゅっと唇を落として顔を離していく。
とにかく彼の一つ一つのひんやりとした感触が、熱に浮いた肌には心地好い。理由はそれだけでは無いかもしれないが。双鉾に蒼い光を宿らせて顔を覗き込む。
「何かしてほしいことは?」
「・・・」
穏やかで冴えた彼の笑顔は、今なら本当に何でも望みを叶えてくれそうな感じだ。
…たとえあんなことやこんなことでさえも。
ここで途方もない事を願わなければ後悔するぞ、という思考に行き着く辺り、実は相当熱にやられているのだが、当の黒鋼本人が気づく筈もない。
しばし思考を俊巡させた後、口を開いた。
「…………腹へった」
結局やましい願いを口にする体力もなくて、一番シンプルな望みが口をついて出た。
「はいはい」
何とも子供みたいにあどけない黒鋼の要求に、くすくすとファイは笑いながら黒鋼から離れ水場へと向かっていったのだった。