魔術師をアピールしよう! | ナノ
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それでもぐっと堪え、ファイが自分に何をさせるつもりか興味があったのでそのまま様子を見てみることにする。やがて眠くなったか確認するためだろう、ファイの顔がさらに近づく気配がした。
目を閉じたままでも接近のわかるその薄ピンクの唇に喰らいついてやろうかと思ってしまうがしかし、そこはぐっと自制心を働かせる。しかし黒鋼があれやこれやの展開を考えている間にファイは黒鋼の顔を覗き込んだ。

「黒、様?」

「・・・」

とにかく目を閉じたまま沈黙を返す。
そんな反応のない黒鋼を見て、ファイはへにゃりとたくらみの笑みをもらす。そうして黒鋼と自分の顔の前に人差し指をちょん、と立てると、ちょっとキリッと顔を正してから言葉を続ける。

「黒様。黒様はこれから目を覚まします、そしたらむしょうにオレの肩をマッサージしたくなります」

そこまで言ったあと、そうだと何かを思い付いたらしいファイは、さらにへんにゃりとしたと謀計の黒笑いを浮かべる。

いつも黒鋼は行動で愛情を表現してくれるけど。
言葉に出してはくれないから。

(せっかくだしこの際少しだけ甘えてみちゃってもいっかな〜)

どうせ黒鋼がかかるわけないとたかをくくって、軽い冗談のつもりでさらに言葉を続けた。

「それからー。・・オレのこと、日ごろどう思っているのか言ってくださーい」

「・・・」


そんなファイにやはり黒鋼は微動だにせず、沈黙だけを返した。

「じゃあ、オレが指を鳴らすと黒たんは目を覚ましまーす。1,2,3・・・(パチン)」

ゆっくりと紅い目が現れる。その瞳は好奇心いっぱいの嬉しそうなファイの顔を映し出す。
すくっと黒鋼が立ち上がると、もしかして本当にかかっているのかもしれない、とファイはわくわくしながらその様子を見つめる。
やがて無言の黒鋼が背後に回ると、ファイは期待に頬を桃色に染めあげた。

(ほんとにできちゃったよー。うわぁどうしよ、オレってばすごい。ていうかこれホントに…?)

半信半疑でありながらも千載一遇のこの機を堪能しない手はない。

ファイは目をとじ、すぅっと空気を吸い込んで、緊張のためにまっすぐ反り返るくらい背中を伸ばす。するとまず黒鋼は、長く伸びたファイの金髪の房を片手で肩の前へと流した。けれど黒鋼に普段とは違う意思を持って背後に回られただけで、ファイの鼓動の高鳴りはもはや最高潮。
ただでさえ、そうなのに。

好きなひとに初めてされるていねいな手つきに、不思議な感覚が喚起されてドキドキが煩い。爆発しそうだ。

(ううー。いざこんなことやってもらうと恥ずかしいよぅ〜)

いつももっと恥ずかしいことをしているはずなのに、ファイは照れに照れまくる。

「・・・おい」
「ななななな、何?」

真っ赤になって振り返ることも出来ずにファイは応える。

「上、緩めろ」

黒鋼は着物が邪魔だといっているのだ。
そうか、とファイはぎこちない動きでたどたどしく上衣の衿を大きくゆるめる。それを黒鋼があとを継いで肩まではだけさせる。そして大きく骨ばった掌が露わになった白い素肌をたどる。思わずどきんとファイは身を固めた。

「力抜け。できねえだろ」
「そそそそ、そうだね〜っ」

呆れたように言う黒鋼にファイは力を抜こうと大きくひとつふたつと深呼吸を繰り返す。数回繰り返すうちにさて、力が抜けたのだろう。肩の動きが止まったのを見極めてから、そっと黒鋼がファイの後頭部から耳元に唇を寄せる。


「ファイ、『―――――』…」


ぼむっっ



黒鋼が小さく小さくささやいた言葉を聞き取ったファイの頭頂部から湯気があがったのはおそらく見間違いではないだろう。いつもは白い肌をいまや茹蛸みたいに真っ赤に上気させながら絶句している。そんな金髪元魔術師の珍しい様子がなんとも面白いらしく、いつも鋭い紅にふっと優しい色が灯った。

「疲れたんだろ。ったくてめえは。仕方ねえな」

台所は既にほとんど片付けられていたが黒鋼は気が付いていた。
片隅に纏められた野菜のくず、漂ってくる出汁のよい香り、そして何よりそれにはほんの少し生臭さが混じっている。常に辺りを洞察するくせのある忍者は、目を瞑る前にただひとつ水場に乗せられたままになっていたまな板にも気がついていた。その上にある形容し難い物体がその異臭を紛らせていたことにも。

内臓部の後始末だけはどうしても出来なかったらしい。

「元々キャラじゃねえだろが」

生魚と必死に格闘したファイの様子を想像して、憎まれ口を叩きつつもつい、どこか口調が優しくなる。元が白すぎるんだからそれ以上赤くなったら戻んなくなるんじゃねえか、とか思いながらもますます赤くなっていく肩に再び手を置く。
あんな恥ずかしい台詞を言わされて照れて然るべきは黒鋼の方なのに。まったく、ここまで盛大に照れられてしまったら、今さらこちらが照れるほうがあほらしい。

(この後は覚えてろよ…)

小刻みに肩を震わせつつマッサージの快感に耐えるファイを目の当たりにして、手を回して抱擁したくなる衝動にぐっと堪えながら手を動かしてやる。
力を込めすぎてしまって逆に筋を傷めてしまわないようになるべく丁寧に。

襲いたくなる衝動に堪えつつ。丁寧に。堪えつつ丁寧に。堪えつつ、堪えつつ、堪え、つ、つ・・・



それにしても、うなじと吐息がやたらと色っぽい。
・・・・・堪えてはみたがやはり、忍者にそのテの我慢は出来なかったようだ。ぶわっと剛腕をファイの首の周りにまわす。

「・・・な、に?」

そのがっしり逞しい腕にドキンとしつつ、ファイがそろそろと尋ねる。

「悪ぃ。我慢できねえ…」


そのまま着物の中へと不埒な手が伸びてきて、元魔術師がぐりんとひっくり返されるのはまた別のおはなし。


***