魔術師をアピールしよう! | ナノ
2-終

やがて抱擁にすっかり満足したらしいファイは、ようやく病人を解放する。そうだった、と思い出したように土鍋のフタに手をかけた。頭を抱きかかえられてほとんど身体を起こしかけていた、…というより起こされていた黒鋼は、そのまま胡坐をかいて座りなおす。

「あー黒様。眼、つむっててー?」

確か年越し前にもこんなことがあった。またかよ、と思いながらもしぶしぶ眼をつむってやる。
ようやく飯にありつけるようだ。だが。

クスリ。

忍者の閉眼を確認した元魔術師である彼は、小さく黒笑いを浮かべる。

「じゃーお口開けて?」

そう言いながら差し出された、熱い温度を感じて黒鋼は口を開いてしまいそうになるがしかし。

「・・・」

未だにほわりと湯気を放つ陶器の匙。
その中身の何かがおかしい。
今、鼻がそんなに利くわけではないのではっきりしたことが言えるわけではないのだが。
忍者の勘がそう告げた。そろりと薄く薄く眼を開いて、その差し出された匙を見る。
差し出されたそのモノの正体とは。
まさか。

急にクワッと眼を見開いた忍者に反応して、ファイはビクッと匙を揺らす。
何とか落っことしはしなかったものの、バレたか…!、とそろりと忍者へと蒼い視線を滑らせる。忍者の目線は匙の中身をなでてからその匙の持ち手へ・・・
鋭い眼光と視線がかち合う―――


 やっぱり バレた 。


匙に載せられた粥。
その中には忍者が大の苦手なアレが入っていた。

白い液体。牛乳である。


「〜〜〜〜てめえ・・・」

「わー、黒たんどーしたのーv」

久しぶりに怒らせた気もしなくもない。

「やだなー、黒ぽん。日本国最強忍者たるもの、これくらいで怒ってちゃ狭量、きょうりょ・・・あ」

ギロリとした視線を感じ、誤魔化そうとする試みはそれもどうやら今回はうまくいきそうにない。忍者の紅い目線に思わずタラリと冷や汗をかく元魔術師。

「じゃ、じゃあ、オレ、食べさせてあげるー!はい、あ―――ンv」
「誰、が、・・・・ッ!」

ひゅるるるる。べたん。

いつものように、誰が食うかー!!と盛大に突っ込みを入れるはずだったのだが、どうにも血が上ってしまいすぎたようで、布団の上に突っ伏す忍者。
くるりと横になる。

「・・・もういい」

忍者はふてくされた。

(てか食えねぇし)

言葉の足りない忍者。ファイはしょぼんと俯く。

「だって黒様に早くよくなってもらいたくてー」

しょぼぼん。ファイが音を立ててしぼんでいく。
後には気まずい空気が残る。



「・・・わぁーたよ!」

ゆらりと起き上がった忍者はファイの手からひったくるように匙をとると、目をとじて口へと入れた。なんとも男らしい。ファイはおおお、と目を輝かせた。覚悟して一気に口に含む。しかし粥には牛乳の生臭さは全く感じられないことに黒鋼は驚いた。
ファイはおずおずと上目遣いにそんな黒鋼の表情を観察している。

「・・・マズかねえ」

(むしろ美味い)

どきどきと忍者の食す様子を伺っていたファイは、その言葉にほっと息をついてから表情を綻ばせた。

それは素直ではない忍者にとっては破格の褒め言葉であることを知っているから。

このミルク粥と呼ばれるものは、かつてファイがセレスに来て初めて食べさせてもらった想い出の料理だった。何も食べずに弱っていた身体に温かさを与えてくれた。あの時、優しい瞳に見つめられ震える手で口へ運んだ。

一口で心も身体もあたたまった。
きっとこれが、ファイにとっての故郷の味だった。

それでも、ミルク粥をそのまま牛乳の苦手な病人に出すことは酷だろう。だから、にんにく、鳥の笹身、葱と香りの強いものと蛋白質をふんだんに使い、お手製のコンソメを加えて牛乳特有の甘ったるさを消すようにファイなりにアレンジした。ミルクには豆乳を加えてみたりと工夫もした。
そしてどうにか諾と返事を返され、黒鋼が粥を口に運ぶ間、ファイはお盆でその顔を隠す。

「〜〜〜〜〜〜」

カランと最後まで食べきった黒鋼はファイの方を見て、どうしたのかと盆をとる。やはり病気であっても、忍者の方が腕力は上であった。そしてファイの泣きそうでいて嬉しそうななんともフクザツな表情を見て、ふっと顔を緩める。

「ったく、忙しいやつだな」

盆を持つ白い手首を掴むと、ぐいと胸に引き寄せ肩を抱く。

「ムリしなくていいよぅー」

まだ身体の具合、よくないんだからー、とファイは忍者の腕の間から案じる言葉を漏らすが黒鋼はますますその腕に力を込める。

「ばかやろ、俺を誰だと思ってやがる」

優しく低い声色に、ファイはそっと瞼を落として願った。



早くよくなってね。

貴方が一番大切だから。
そのためにはどんな魔法だってきっとつかえる。

もしも魔法がもう一度使えるならば。
このしあわせを少しでも長く。

大切にさせてよ。
この、瞬くほどの短い時間を。

永久より眩しきこのときを。



おわり

***

【その後のおはなし】

気分も大分良くなり、調子づいた忍者はそのままファイにキスを仕掛けようとする。が。
そこでスイとファイは二人の間に湯のみを差し出す。

「はい黒たん、オレ特製の薬湯ー。効き目はバッチリだよー」

これ飲んで早くよくなって、とにっこり屈託なく微笑むファイであるが、その湯からは何ともいえない奇怪な臭いが漂ってくる。

「良薬口に苦しだよー?さ、飲んでー」
「・・・」

一難去ってまた一難。更なる試練に沈黙してしまった忍者に、ファイは何を思ったか、ちらりと忍者に視線を向けて不敵に笑むと、視線だけはそのままに、湯のみに自らの唇をつける。

「?」

そうしてファイはゆっくりと湯を口に含むと、不思議そうに見ている黒鋼のうなじに手を伸ばし、すっと引き寄せた。

薬は魔術師から、忍者へと。
コクリと黒鋼の喉が上下し、受け取ったそれを嚥下する。唇を離し、それを見終えた魔術師が目を細める。

―――お、れ、い?

妖艶に笑んだ元魔術師の唇が音なく囀る。忍者は吸い寄せられるように再びそれに口付けた。

乱れる二つの吐息の間で、ゆっくり時間をかけて陽は堕ちていく。
触れ合う身体。分け合う二つの体温。溶け合っては昂めあう。やがて静かに熱く甘い夜は更けていった。



また余談であるが、薬のせいか、滋養のせいか、翌日には熱の下がった忍者の体力はやはり、並々ならないことが証明された。

そして魔力はなくとも。それ自体に耐性のある魔術師の身体は、終ぞ流行り病を発症することはなかったという。