2-B
さて、黒鋼のロマンがファイ本人によって壊されるしばらく前のこと。忍者の寝込む部屋を後にしたファイは、水場で粥を作るための下準備をしていた。
「それにしてもさすがは黒ぽんだよねー」
ひとり感嘆の声を漏らす。
かなりの熱があるのに、食欲はきちんとあるらしい忍者に感心したのだ。もし自分が体調を崩してしまったらと想像してみると、固形物の摂取は確実に、
(ムリだねえ…)
米を磨ぎながら苦笑する。
十分に栄養が取れるならば、早い回復が見込めるだろう。先程はついからかってしまったが、体調を崩して苦しそうな黒鋼の様子はやはりあんまり長くは見ていたくない。ただの風邪様の流行病だとはいっても、こじらせればどんな些細な病でも命に関わってしまうことだってあるのだから。普段から風邪など引かないぶん、黒鋼にはきっと自分の状態がよくわからないのではないだろうか。だからちゃんと気を配ってファイが看ていないと、彼のことだからすぐに無理をして、長引かせてしまうかもしれない。
それにあんなに苦しそうな顔をされたらやっぱり。
「・・・心配だよぅー」
一瞬手をとめると、くんにゃりと眉尻を下げつつ小さく声にだして言ってみた。声に出してみてファイは少しこそばゆく思う。
だって。
ひたすらに他人との関係を避けてきた自分が、
こんなにも誰かを大切に想うことが出来る日がくるなんて。
その不思議な感覚に、トクトクと指先にも血が通っていることを感じた。
(やっぱりこれは、黒ぽんのお陰なんだよねー)
湧き上がってくる淡い気持ちを胸に抱き眼を閉じて、大切なひとのことをただ想う。しばらくそのじんわりとした温かみに浸っていたファイであるが、突然パチリと眼を開けた。
(はっ…!)
元魔術師の顔は真剣そのもの。あることに気がついたのだ。
(今オレがいないと……)
まさかとドキドキし始める。
(黒たん…死んじゃうじゃない〜!!!!)
忍者の主の姫が聞けば「それはありませんわ。殺しても死にません」と何ともお上品に後光の射すような微笑みで一蹴されそうである。しかしファイは俄然やる気になった。
だってやっぱり少しでも早く。
早く良くなってもらいたいから。
そうしてまたあの大きな手で、頭を撫でてほしい。触れてほしい。包み込んでほしい。――ほほ笑んでほしい。いや、あの仏頂面がほほ笑むわけはないのだが。忍者がやんわりと微笑む様子を想像して、あはは、と乾いた笑いが口から漏れた。
しかし彼のために少しでも滋養のあるものをこしらえなくてはならないことに、変わりはない。
(よーし!待ってて黒たん!!)
ファイは気合を入れて腕まくりをしなおした。