the way to happy Christmas | ナノ






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リンリンリンリン---
シャンシャンシャン--


乾いた冷気の中を鈴の音が近くに木霊す。

いつもの無機質な雑踏からは考えられないくらいに街全体が弾んでいるようだった。刻まれるリズムに、街頭を歩く誰の表情にも淡く笑みが湛えられていた。大通りの中央には大きくライトアップされたクリスマスツリーが浮かび上がり、その存在が人々の心をいっそう弾ませている。灰色の街は赤や緑や青、彩色豊かに包まれていた。

そんな色彩りの電気で飾られたショーウィンドウ。
中には大きなお腹にヒゲを蓄えたお爺さんサンタが子供たちにプレゼントを次々に渡すカラクリ玩具がディスプレイされていた。眼鏡を掛けたお爺さんがほっこりと微笑んでいる。

その前でじっと佇む幼い金髪の双子がいる。殊に片方は熱心にそれに見入っている。はっと気が付いた弟は彼の左手を引っ張った。

「ねえ、行こうよファイ」
「・・・うん」

離れ難いかのように腕を引かれながらも、ファイは何度も振り返りそのサンタの笑顔を見つめていた。







やがて二人はひんやり冷たいベンチに腰を下ろす。ユゥイは気遣うように兄の表情を見遣る。それに気が付いたファイはにこ、と微笑んだ。どうしてこの幼い双子はこの寒空の下、暖かい自宅のリビングではなくこんなところでクリスマスを過ごそうとしているのか。見たところ身形のよい二人は帰る場所がない、という境遇には見えはしない。実際彼らの家ではクリスマスの準備は滞りなく進められていた。

しかし二人は空っ風の吹く中で悴んだ手を温めあう。

「ね、何か飲もうよ」とユゥイが柔らかく言うとファイは頷く。それを見るとユゥイは近くの自販機に向かっていった。


こうしてクリスマスの日に家を抜け出したのは今年が初めてだ。あの日が来るまでは幸せに包まれた家庭だったのだ、きっと。それまでは二つ用意されていたプレゼントがその年を境に一つになり、それは酷くユゥイを驚かせた。――ファイの分がない。何かの間違いだろうと母に訴える。しかし返ってきた答えはユゥイを愕然とさせるには十分だった。

その場に居たファイは何も言わなかった。ただ、緩く微笑んでいただけ。その表情は、失ってしまった何かを既に諦めていた。

この家はおかしくなってしまった。



数年前のある時、無性にユゥイは云い様のない孤独感に襲われたことがある。気のせいだろうか、自分を抱きしめてくれる両親の腕がない。生活の何が変わったということはないがそれを感じ取ってしまって、段々に心が気弱になっていった。しかしそれをはっきりと自覚する前に元々心臓の弱い肉体の方が限界を迎えた。悪夢から目が覚めると、そこは病院のベッドの上だった。
入院中にユゥイの顔を見に家から見舞いに来るのは何時もファイ一人。ついに両親は退院のその日を迎えるまで、直接ユゥイの前に現れることはなかった。

けれど退院してからというもの、両親はユゥイにばかり抱擁を与え、言葉を掛けて愛しむ。態度の変化に不思議を感じながらも、初めのうちは全てのことに気が付かなかった。しかし一度自分が体験してしまったことには人は敏感になれるものらしい。ファイがいつも一人で孤独を抱えている姿が、どうしても目に映るようになった。

違和感が決定的になったのはその年のクリスマスや誕生日。同じ日に生まれ同じ様に祝福されるべきなのに、それが両親から向けられたのはユゥイただ一人だけ。ファイが、自分に与えられるもの全てをユゥイへと向かわせたのだ。

だから翌クリスマスのその日。奇怪な日にファイを堕としめてしまうならばと遂にユゥイは兄の手を取った。初めはしきりに戻ろうと訴えていたファイも、電車に乗り遠方に赴いてしまえば少しは落ち着いたようだった。当てもなく幼い双子は街頭を彷徨う。慣れない街に不安の色を浮かべながらも、お互いその手はしっかりと握り合っていた。






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「それから、夜中になってようやく帰宅した。街の片隅で冷たくなっていたところを警官に保護されたんだ。捜索願いはちゃんと二人分出されていたみたいだけれど、…迎えに来た両親に抱きすくめられたのは一人だけだった」

この意味分かるよね?と、弟は金髪を揺らす。

「その後両親は何も言わなかったけれど、ファイは暫くの間鍵の掛かった部屋に閉じ込められた。どうしてあんなにも無力だったんだろう。…オレはオレ自身を呪った。小さな子供なんて本当に無力なものなんだ。それでもファイはいつだってオレに言った。『ユゥイの居場所さえあれば大丈夫』だって。そうやって泣きそうに笑う。それが願いだからって。オレは……そんなファイの優しさに甘えるしかなかった」

どうしてこの家がこんなにも狂ってしまったのかは分からないけれど、とユゥイは言葉を続ける。



「だからファイにだけは――幸せになって貰いたいんだ、絶対に」






mae tugi