the way to happy Christmas | ナノ



ようやく舌を解き、重ねたままに暫く蒼い視線を絡め余韻を残しながらユゥイはそっと唇を離す。
解放されたファイは息が上がり、突然のことに戸惑いながらも無言で見上げれば、そこには宝石みたいな無垢な光を湛える、切なげな眼差しがあった。


「……ユゥイ…」

離れたユゥイの金髪をいつもみたいに撫でようとファイがその白い手を伸ばす。
後頭部を撫でるファイの掌の温かな重みに、ユゥイは目を閉じ、波立つ感情をじっと耐える。

それからゆっくりとファイから身を離し、ベッドへと戻る。手を貸そうとするファイの腕を丁寧に断るように押しやった。ファイは立ち尽くしたままユゥイが自力で這い上がるのをただ見守った。


「早く行きなよ、あの人が待ってるよ…」

ベッドに戻ってから、ユゥイはファイを促す。自分がベッドに着くまでは決して離れないだろうと見越していたからだ。

「ね、ユゥイ…」

ファイの視線の柔らかさが痛いとばかりに顔を背けるユゥイに、何とか声を掛けようとファイが手を伸ばす。しかしユゥイのその頑なな態度に、ファイの手は空を彷徨うしかなかった。

「早く行って」

顔を壁に向けて言葉を放つユゥイに、ファイは仕方なく階段を降りていった。




ファイが出て行く扉の音がしてどれくらいの時間が過ぎたのだろう。
ようやく自らうてるようになった寝返りを何回もうつ。外は曇りというには微妙な天気で、斑に広がる雲からは細かな雪がちらついていた。

(今頃はファイ、楽しんでいるかな…)

自分から言い出したことなのに、そう思うと少し寂しくて胸がきゅっと締め付けられる。矛盾が体内で渦巻いていく。
やがて一人ぼっちのクリスマスなんて今年が初めてだということにもふと気がつく。けれどファイの方がもっともっと、いつだって孤独なクリスマスを過していた。

そんなファイにさっき自分は非道いことを、した。自分を気遣うファイの優しさにつけこんだ。どうしてあんなことをしてしまったのかと絶望感に襲われる。合わす顔がない。

けれど、心を通わせる恋人を見つけたファイに対する感情は如何しようもなく持て余すしかなかった。そんな寂しさは、先程の行為で幾分かは払拭された気がする。けれど、それとはまた異質の靄が、ユゥイの心に黒く圧し掛かり始める。

灰色の雲から垣間見えた透けた空から降り注ぐ光が、今は目に、痛い。

大切な人と一緒に幸せな時を過ごす。それは今までずっとファイがユゥイに与えようとし続けてくれたことだった。だから今度は自分がファイに返したい。けれど。

ファイは、もう戻っては来ない。

柳眉を寄せてユゥイは毛布を深く被る。頭に過る雑念を振り払おうとした。
その時、窓から変な音が聞こえてくることに気がつく。見遣れば懸命にガラスを引っ掻く飼い猫の姿。ユゥイは猫を部屋に入れる為に窓を開き、窓の外にいたそいつを抱き上げる。すると玄関先に人影が見えた。

やがてカシャリと屋内に人の気配が現れ、トタトタとした足音が階段を上ってくる。
この軽快な音をユゥイが聞き間違える筈はない。ユゥイは思わず息を呑む。

扉がガチャリと開く――



「ユーイー!Happy Christmas!!!」


入ってくるなりパァーンと鳴り響く破裂音。そこには嬉しそうに、クラッカーを鳴らすファイの姿があった。それだけではない。ファイは大きな包みを抱えていて、それを猫を抱いて呆気にとられているユゥイに押し付ける。

「はい、プレゼントー」

そうしてふんわりと笑うファイの背後に黒鋼が現れた。ゆっくりと部屋に入ってくる。そうしてすっかり定着してしまった荷持ちよろしく部屋にケーキの箱やシャンメリーやら密かにアルコールやらの袋をドサリと下ろす。
やれやれと溜息をつきながら視線も合わせずにユゥイに向かってぶっきらぼうに言う。

「…いつまでもちんたら寝てんじゃねえよ、弟」

そんな黒鋼に向かってユゥイはぼんやりと疑問を口にする。

「な、・・・んで・・・」
「あぁ?」
「だって、・・・クリスマスはファイが楽しめるところに・・・」


――連れて行ってあげてって。


辛く苦しい思い出の多いこの家がファイの楽しめる場所のはずはなかった。だからてっきり二人で外食してくると思っていたのに。

状況を把握出来ないユゥイはパチパチと瞬きを繰り返しながら黒鋼の顔を見つめる。そんなユゥイに黒鋼が口を開こうとしたその時、自分と揃いの声が何でもないことのようにその間に割って入った。

「当たり前じゃないー。ユゥイとオレはずっと二人で一つだよ?」

そう言って、ファイが幸せそうな笑みをユゥイに向けてへらんと笑った。それは眩しくて温かで、孤独に冷たくなっていた彼の心を解かすには十分だった。

「おい弟。面倒でもこいつに付き合え」
「え・・・・」

「・・・てめえが言ったんだろが」




『ファイに、最高のクリスマスをプレゼントしてあげて』




「――――!」
ユゥイは思わずファイに顔を向ける。

「黒様に聞いた。これがオレの『最高』だから――」

ニヤリと悪戯っ子みたいに笑ってファイが言う。絶句したユゥイは思わず真っ赤になって俯き、照れを隠すように猫を抱き締めた。

そんな二人の様子に黒鋼はやはりやれやれと溜息をつきながら、それでもユゥイの表情に仄かに灯った喜びの色に気付いて小さく口角を上げた。


まだまだ聖なる夜はこれからだ。


どうか大切な君に







---Merry Christmas---



End.



mae