the place to stay of you | ナノ



橋の下。少しじめりと湿気た独特の空気。
落書きの施されたコンクリートの壁はひんやりとしていた。













 河原にはまだ土手の部分には芝生が植えてあって、そこは金髪の男子高生の絶好の昼寝の場所だった。異様に目立つ金髪の彼が学校をサボっては昼寝に来る場所として、近所の主婦の間ではちょっとした有名スポットとなっていた。

金髪で眉目秀麗なはみ出し者は、噂好きの主婦たちの恰好の餌食である。

しかし本人といえば、そんなことはまるで気にする様子もなく、三日に一度ほどは、その土手で寛ぐことがありふれた光景となっていた。

そんな学ランの彼は、街を巡回するお巡りさんに見止められたことがない。巡回の頃になると、霧がくれするようにそこから忽然と姿を消してしまうからである。



 彼の容貌は金髪に碧眼の見るからに異国人だ。背は高いが痩身なので、どこか中性的な印象を与える。口から出てくる日本語は流暢で、それは日本での滞在の長さを物語っていた。

しかしだからといって、昼寝をしている彼に近づいて話しかけ、ましてや注意をするような勇気ある隣人はいなかった。

一般的な日本人とは、異国人を見ただけで何かしらの緊張感を持ってしまうものである。

近隣の主婦にとっては有名な彼のサボリであるのだが、果たして学校に伝わっているかどうかは甚だ疑問だった。いや、実際には、通報されもしていただろう。

しかし彼の通う高校は、驚くほどに生徒に無関心であった。「自由」という名の校風を逆手に、ほとんどの生徒は自由気ままに授業をサボる。だから彼一人が学校に来ていようと来てなかろうと、学校側にとっては小さな問題であった。

そういうわけなので、先生が彼をわざわざ校外にまで連れ戻しに現れるということはまずなかった。



 そんな金髪の彼、ファイが珍しく他の生徒と橋の下で何やら話している。

そこに穏やかな空気が流れているとは言いがたかった。

様子がおかしい。

学ランの彼に対して、橋の柱に押し付けられるように詰め寄られている男子生徒二人はブレザーを着用していた。スラリとした外人の蒼い目に射られ、彼らは息を飲む。

彼らに、ファイは酷薄な笑みを向けて聞いた。顔は笑っているけれど、その声にはどこか有無を言わせないような響きを孕んでいる。


「ね――。君たち、いくら持ってる?」
「え、えっ、こ、これだけ」
「ふ―――ん、結構少ないねぇ」


そう言って差し出された紙幣をファイは掴んだ。あ、という声が上がる。それに反射的に笑顔を作って何―?と返す。その綺麗過ぎる笑顔に何か冷ややかなものを感じたのだろう、蒼白な顔色を浮かべていたその学生たちは背筋を凍らせたまま、動けなかった。


「じゃあ、行っていいよぉ―」

にっこりとした笑顔で言われ、二人は震える足でファイの前から駆け出した。

その二人が去っていく様子をちらりと見た後、手の中の紙幣に改めて手を掛ける。白く細い指先で、ぴりぴりと紙幣を小刻みにちぎり始めた。

粉々になるまで細かく破いたそれを、ファイはぱっと手を開いて投げ出す。途端にチラチラと紙屑が風に舞う。

ファイは紙吹雪にわき目も振らずに歩き始めた。治まりきらない気持ちを持て余す。

なんて浅はかなんだろう。大人気ないことは分かっている。
それでも、許せなかった。人を傷つけることが罪であるならば、その報いは受けなくてはならないはずだ。





――でも。

立ち止まって頭をフルフルと振る。浅い深呼吸を少し繰り返してから再び歩き出す。そうして次に踏み出した一歩は、いつも通りの力の抜けた、ゆるい歩調だった。








mae tugi