*
暗闇の中で、外からの薄い月光だけが、白く広い部屋を浮かび上がらせる。
大きなベッドには相変わらず光を反射した金が煌いていて。
部屋に入った黒鋼はその光景に思わず息を呑む。
そのベッドの脇の壁には、壊れかけの儚い彼の姿があった。現か幻か、冷たい光に晒されてあるはずもない羽根が彼の背からは生えているように見えた。そのツバサはポキリと折れて欠けていて、これではとても、翔べない。
その翼が癒えることはあるのだろうか。
広い壁に背を凭れかけ、細い脚を投げ出して瞳を隠すことなくなお虚ろな光を宿している彼は透明で今にも消えてしまいそうだった。
金の睫毛に縁取り、淡く充たしている光はあくまでも上辺だけの虚構のようで。
学ランを身に着けたまま、腕は力なくカーペットの上に垂らされていた。
デスクの上には、やはり箸を付けられることなく既に冷め切ってしまった陶器が月光に反射して冷気を漂わせている。
青白く肌を浮かび上がらせた彼自身からは一切の光は放たれていない。ただ、照らされるままに光を受けて、その自分が返した光をどこへ明け渡したらよいかすらもわからないらしかった。
美しかった。
世界の何物にも染まらず、空っぽな彼が。
虚ろな瞳で世を傍観している彼が。
それでも、黒鋼は思った。
美しくなんてなくていい。
だから、一緒に生きたい。
恰好悪くても二本の腕で彼を繋ぎとめて、どんな色でもいい彼の瞳に
彼自身の色で、
彼の蒼で、
自分を映させたい、と、思った。
本当の彼を知りたい。
この大馬鹿な大嘘つきの、本当の、蒼を。
ファイの目の前に黒鋼は立つ。それでもファイに応答はない。そんなことに構わず黒鋼は自分の色で真摯に彼の瞳を見据えた。そうして静寂の中に声を発する。
「ここに、誓う」
他の誰でもねえてめえの弟の前に――そして俺自身に、と。
静かに、厳かに放たれる低い声に少しファイの頭が傾き、月の影を映していた瞳に声の主も加える。
朧げに硝子に投影された月の貌が雲に揺らぐ。
「てめえが弟の居場所を作り続けるのなら、俺がてめえの居場所を作る」
「……………」
黒鋼の台詞を理解していないファイは、何を言っているだろうとぼんやり色のない瞳で黒鋼の顔を視界に入れる。
黒鋼は膝を突き、ふわりと空を掻きながら分厚い胸で金髪を包み込む。突然のことに理解が追いついていないファイはされるがままになっている。
「だから」
「……………」
「もう、いいんだ……」
黒鋼の言葉に虚ろな蒼が見開かれ、ほんの幽かな光が宿る。
「無理、しなくていい…」
「……っ」
そう言うと黒鋼は、微かに反応を示したファイの唇に自分のものをゆっくり柔らかく重ねた。
こいつをもう、一人になんてしない。
沸き起こった気持ちにはもう、歯止めが効かない。
「ユゥイ」の前で。
自分と彼と、もう一人の彼に誓う為に。
ファイは拒む理由も見いだせず、そのまま触れるだけの彼の口づけを受け止めるために眼を閉じた。
mae
tugi
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -