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「…食えよ」


ほわりと湯気の上がる粥を、デスクを簡単に片付けコトリと置く。ファイは相変わらずユゥイの手を緩く撫でている。

彼は言った。
考える時間が欲しいと。
それに黒鋼自身、まだこの状況にどう対処していいかわからず戸惑っていた部分が大きかった。

後ろ髪を引かれながらも、黒鋼は部屋を後にした。

黒鋼が去った後、ファイはユゥイの冷たい手を握りながらぽつりと掠れた声を出した。


「ねぇユゥイ。オレはどうしたらよかったんだろうねえ…」










 殆ど終電近くとなった電車に乗り込もうとする。
黒鋼は、以前電車でユゥイに扮したファイに偶然出会ったことを思い出す。あの時、黒鋼はファイをファイだと思いこんだ。だけど数日後にファイにユゥイだったと騙された。

あの時だっていつだって、ファイは独りで孤独を抱え込んで無理をして、嘘をつき続けていた。
自分の存在を否定してまで。

音を立てて、電車の扉が閉まる。

電車内に乗り込んだ人影はない。代わりに街灯によって寒空の下に大柄な影が映し出された。彼は元着た道に足を踏み出す。そしてその紅い瞳には静かな決意を宿していた。





 朝一番に彼を迎えにその家を訪れるつもりだった黒鋼は、今のファイは外に出ることもないだろうと鍵を持ち出していた。扉を開いて黒鋼は中に入る。
―――顔を見たいと思った。
この気持ちはなんなのだろう。彼を大切に思う。母に向けるものとはまた違う、初めて感じるものだった。

彼をあそこから解き放ちたい。

そしてそれができるのは自分しかないと思った。しかし、そこではたと我に返って自嘲する。



「解き放つ」など、なんて浅はかな世迷い言なのだろう。いったい一高校生である黒鋼に何ができるというか。父を失ってから、母を傍らで支えてきた黒鋼は己の非力さを承知していた。遠い父の広い背中に追いつきたいとそれを糧に生きてきた。
まだ力のないそんな自分が傍にいて、ファイにとってなんの救いになるというのだ。


それでも傍に向かわずにはいられなかった。ただそうしたいと、思った。






mae tugi