少ししか見えていなかった空に暗雲が立ち込めた。―――ファイの小さな空だったユゥイが奪われた。
ユゥイが壊されたのは故意だった。信じていた世界をもぎ取られた。
ファイにとって世界はとても広くて綺麗で憧れられる存在でなくてはならなかった。でなくてはユゥイを晒すことなんてできない。そしてその下でユゥイが生きられれば素晴らしいことなんだって思った。
違う。嘘だ。
そんなことは単なるこじ付けで。本当は判っていた。綺麗なだけの世界なんてないことを。だけど実際にはわかってはいなかった。あの時は、ただ、生かす理由が必要だった。ユゥイに生きてもらいたかった。「綺麗な」世界は生かす術だった。
幼い思考なばかりに選んだ答えは浅はかで滑稽で。
今思えば別の選択肢だって選ぶことができた気がした。
けれどもうファイは他の生き方を知らない。もう、今のファイはユゥイを生かすために現実という名の鎖に繋ぎ止めておくことなんて……したくない。
しかし彼が目覚めたとして一体どうすればよいというのか。
もうこのまま曖昧な夢の世界に浸っていられたなら。―――いつまでも二人きり。
けれどユゥイを巻き込んでしまうようでそれも嫌だった。だからといって眼を覚ましたユゥイに再び枷を嵌め、望んでもいない教育で縛る両親の元へとこれから先も繋ぎとめるべきなのか。他の何かを見つけるべきなのか。ファイがそれを見つけてやることが出来るのか。
「この世界にユゥイを生かす意味って、なんなんだろ」
「…何言ってやがる」
「ユゥイは幸せに、なれるのかな」
「なんでてめえの尺度で弟を測る」
「だって…ユゥイの幸せがオレの幸せだから」
「お前の幸せとやらを押し付けてるんじゃねえのか」
「……そうかも」
全てわかってやっていた。そうだ。そうやって弟のせいにして、ファイ自身が生きる目的を、理由を作っていた。きっと頭ではそんなことはとうに理解していた。
それでも、意識を失う以前のユゥイはファイを甘やかした。ユゥイに何もかもを明け渡してしまって一人では生きていけなくなってしまっていたファイが、何か生きるための礎を手に入れるまではそうするより外に手がなかったから。
ファイはそれをどこかで感じつつもユゥイに甘えた。
「……少し、考えたい」
そうしてあらぬ方向を見るファイの瞳が黒鋼を、現在を、捉えることはなかった。
黒鋼の眼の前で、コトコトと蒸気に包まれ粥が煮立っている。
――今の彼には、黒鋼の言葉はきっと届かない。それだけは痛みを覚えるくらいに解っていた。
そしてその考えが今の黒鋼を占めていた。あれから、ファイは話しかけても反応を返さない。
その時ふと、何の食料もなかったキッチンを思い出す。高級住宅地であるこの辺りにコンビニなどあるはずもない。黒鋼は携帯を手に取り鳴らした。幸いなことに突然の連絡にも関わらず、いとこの少女は細かい事情を一切問うことなくその頼みに応じた。黒鋼は近所のその家に向かい、少しの米を分けてもらう。火の気のないキッチンへと戻り、使われることも久しぶりであろうガスコンロに火を焚く。
コツコツと粥が炊き上がるまで、黒鋼は青い火を見ながら弟の脇に居る金髪を思っていた。どうすれば最良なのかなんて、そんなことはわからなかった。そのことに胸の奥が疼いて軋む。
それでも、翌朝には登校前にここに訪れて引きずってでも彼を学校に連れて行くつもりだった。ファイは拒むだろう。けれどいくらファイが傍に居ることを望もうとも、いつまでも彼を一人、意識のない弟の側に置いておくことだけはしたくなかった。自分で囲ってしまった小さな世界に逃げ込んでほしくなかったから。
蒼い炎が重たい鉄の上で、ゆらゆらと揺らめき続ける。
mae
tugi
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