the place to stay of you | ナノ


「なんでお前だけが弟を守ろうとする…親、一緒に住んでねえんだろが」

二人分の食器や女物の履き物のない玄関。家に入ってきて確信した事実を彼に告げる。どうして高校生二人がこの駄々広い家に住んでいるのか。もしかすると既に他界しているのかなどと黒鋼が考えたときだった。



「………愛されるのはひとり」


ポツリとファイは言った。

「…この家に、場所があるのはひとり分」
「じゃあ、お前の居場所は」

反射的にそう聞いてしまった。はみ出しものなんてしている彼に、この家の居場所があるはずもない。ファイはにこ…と笑う。
遠くて儚い笑顔だった。

「オレはいいんだ」


諦めてしまっていた。自分に関することなんて。黒鋼にはどうして諦めてしまえるのかがわからなかった。

「おい、ふざ――…」


言いかけて言葉に窮する。今、自分は何を言おうとしている?今までの彼の人生を否定しようとしている。

それは責任を負うことだった。彼が今まで己の全てをかけて守ろうとしていたものを否定する権利なんて、自分にはない。彼に対しては生半可なことはしたくなかった。綺麗すぎる、彼だけには。


汚いところもたくさん見てきているはずなのに、信じられないくらいこの世の綺麗なところだけを妄信しているきらいのある彼を、これ以上黒鋼の手で傷つけることだけはしたくなかった。
これから先の彼を受けとめていけるのか。その覚悟があるのか。

そう自問しながらファイの虚ろな瞳を見据えた。













「ねえ、ユゥイは?」


純真な大きな空の瞳を見開いて、幼いファイは母に尋ねた。

そうすると母はふんわりとファイを包み込み言った。

「いいのよ。あなたさえ居ればそれで」
そういって手を取ってファイを携える。
「そっちには、行きたくない・・・」
ファイの願いは聞き入れらない。後ろではユゥイがひとり、母とファイの背を見送る。



トサリ



音に気が付いてファイが振り返る。そこには倒れたユゥイの姿があった。

「ねえ!ユゥイが…ユゥイが!!」

ファイは必死に自分の手を握る母へと訴える。

「そうね、ファイ。あとで、ね」

そうして母は、ファイの悲痛な叫びを聞くことはなかった。引きずるようにファイの手を引いた。



―――あの頃ファイが両親の家に対する異常な執着に気が付いてから。
ある日を境にぱったりと、両親はファイばかりに愛情を注いでいくようになった。ユゥイは訳も分からないまま、突然両親から突き離すような態度を取られた。


幼い子供にとっては、親からの無償の愛こそが望みの全て。愛されないならばユゥイが死んでしまう。

小さな灯火が弱弱しくなっていくように。気持ちだけでなく身体も衰弱していくユゥイを、黙って見てなどいられなかった。だからファイは、何とかその座をユゥイに空けようと、親から施される教育を懸命に拒んだ。

そうして両親の興味は、ようやくユゥイへと向いた。

その引き換えに、ファイには驚くほどの無関心が浴びせられた。両親は衣食住を与えるものの、ファイを空気の様に扱い、話しかけることすらもなくなった。それからその態度が翻ることはなかった。

ファイにとって、守るべき存在だったユゥイが全てになった。
ユゥイの居場所を作ることをファイは自らに課すようになった。


広い空を誰よりも憧れていた少年は、その蒼の一部分を切り取ることしか、出来なくなった。


そんな空は初めから手の届かないものだったのだと自分に言い聞かせて、手にすっぽり入ってしまうほどの小さな空を自分の世界にしようとした。その世界だけを見ようとした。



それが、永遠になるはずなんてなかったのに。












mae tugi