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「おい!何する気だ!!」





部屋に戻り、ファイの異様な様子に気が付いた黒鋼が、咄嗟にファイの手を取ってきつく引き上げる。

驚くほど力の込もっていなかったその腕は、何の抵抗もない反動で大きく持ち上がった。黒鋼と向き合う形になったが俯いたまま、顔を上げようとしない彼の表情は見えない。


「てめえ何考えてやがる……!」

此方を見ろとばかりに、ファイの学ランの襟を掴んで引き上げる。

ブロンドの隙間からは、蒼白な唇が既に笑っていないことが見て取れるだけで、彼は何の反応も示さない。

クッと唇を結んだ黒鋼は、そんな彼の身体を衝動に任せて壁に押し投げる。


「――――ッ…」

ファイは壁にばんと背を打ち付けた衝撃に声にならない呻きを漏らし、崩れ落ちて咳き込んだ。

そんな彼を眉を寄せて見る黒鋼は、彼の逆隣り――ベッドの反対側で今までは黒鋼の死角にあった大きな陰の存在に気が付き、視線を滑らせる。

陽が殆んど沈んで薄暗い中、目を凝らす。


そこに浮かび上がるデスクの上には、参考書や辞書が堆く積み上げられ、机上には筆記具やノートが散らばっていた。デスクの近くにも、学参書らしき書物の山が幾つかある。


――弟に成り代わるために、死んだように眠る弟の傍らでどう生活していたのか。

自分の学校に足を運んだ時にはずっと眠りこけていた彼。今はデスクに乱雑に積み上げられたノートの山に、生活感の全くない居住空間。ベッドの横に据えられた洗面器と一枚のブランケット。


ファイが帰宅してからの生活が、目に見えるようだった。



独りで。

いったい、どんな気持ちで。どれ位の間――…



黒鋼は彼の前に膝を突くと腕を引き細い肩を掻き抱いた。

気が付けばその肩を抱きすくめていた。彼の背に手を回し、その存在を確めるようにきつく、骨ばった肩を抱いた。

ファイは抵抗も、応じることもせず、ただ大きな肩に抱きすくめられていた。









「50%以下…」



大分長い間二人、そうしていた。黒鋼の肩に顎を措く体勢になっていた彼から掠れた声で発せられた言葉に、ピクと黒鋼は肩を動かす。そうして一旦身体を離し、覗きこむように彼の顔を見る。



「ユゥイが目覚める確率」
「……………」


ファイは力の籠らない表情のまま、努めて笑う。




「ウソだよ―――…」


俯きながらいつもの調子で言葉を繋げようとするファイにじっと耳を傾ける。その俯いた金髪を見つめながら。


「さっきの、うそ。……だってできるわけ………ない…」


声は今にも消え入りそうになっていく。
ここまで来てもまだ、彼は強がろうとする。

必死に守ろうとしたものは大切な分身の居場所だけだった。

目を覚ました時に、帰って来れる場所を守っていてやりたかった。

いつバレるか知れない嘘を重ねて。

もしかしたらもう、目覚めることのないかもしれない明日に怯えて。


それでも。



「ユゥイの居場所だけを、守りたかった――」







mae tugi