the place to stay of you | ナノ





優しげであるけれど彩のない笑顔で、ファイはユゥイの頭を撫で続ける。

そこには双子の、二人だけの世界があった。

黒鋼は声を掛けることもできずに暫くその様子を見つめていた。

やがて微かに、木目に何か擦り付ける音とともにギィィと扉の開く音が聴こえる。黒鋼が視線を向けると、入ってきたのは、一匹の小さな白い猫だった。

きっとあの雨の日にファイが拾った捨て猫だろう。

猫は「にゃぁー」と一声啼くと、ベッドの脇に足を突くファイの脚に、身を擦り寄せた。尻尾まで擦りつけるその様子をファイは虚ろな蒼い瞳に映す。猫の白い毛並みを見つめる彼の表情からはもう笑顔が消えていた。

力のない表情だった。


「……ごはん、あげなきゃ」

そう呟くと、義務にとり憑かれたようにふらつく足取りで立ち上がろうとする。ふわっと倒れかける肩を黒鋼が支えた。その時漸く、ファイはその瞳に黒鋼の紅を映した。しかしその瞳にいつもの光はなく、海底深くに沈み陽の当たることのない真珠のように冷たい色を宿していた。不味い、と思った。


「…俺がやる。お前はここにいろ」

返事も頷きもしないファイをベッドの横に再び座らせて、黒鋼は部屋を離れる。猫の餌などよく解らないが、キッチンに行けば何とかなるだろう。階段を降り、先程横を通りかかったリビングへと入る。


カーテンが閉められているために完全に光は遮断されていた。

暗闇の中手探りで電気をつける。蛍光灯はパチパチとどこかくすんだ光を放ち、広いばかりでどこか寒々とした空間を映し出す。

今は生活の匂いのしないここも、ユゥイがあの状態になるまでは二人にとってきっと憩いの空間だったのだろうか。

少し目を伏せる。
黒鋼はそのままキッチンの冷蔵庫に向き直り扉を開ける。案の定、冷蔵庫の中には食料らしきものは何も無い。

一先ず戸口に入っていたミルクを取り出してトレイに注ぐ。次いで餌を探そうと辺りを適当に物色する。

洗ったまま積まれた鍋や食器。全てが埃を被っていた。戸棚の中に猫用のエサ缶を見つける。

気が付くと、いつの間にか猫は黒鋼に付いて来ていた。そうして今度は、黒鋼の足に身を擦り寄せる。

ミルクのトレイに餌を適当に空けて猫に差し出し、ふと目線を上げるとカウンター台に置かれたままの物体に気が付いた。おそらく、かなり前はパンケーキの類いだったのだろうと推し量れる痕跡のものが、皿に積まれている。

きっと二人で食べるはずだった。

乾燥しきっているそれは、放置されていた時間の長さを物語っていた。

放置された時間。

それはファイが明日の見えない中を一人きりで足掻いていた時間だった。








黒鋼が部屋を去ってからずっと、ファイは弟の顔に手を伸ばし穏やかに見つめていた。

やがてそのまま、するりと弟の腕に手を這わせた。


そこには隣の無機質な金属から垂れる生命線が施されていて。

管からは透明な液体がユゥイの体内へと注がれている。



ファイはその管を繋ぐ小さな楔に指を掛ける。

ある、明確な意思を持った所作で―――




『きみをまもる』




その時ファイが浮かべていたのは
そう約束したあの日のままの

綺麗な優しい表情だった。









mae tugi