the place to stay of you | ナノ








どれくらいの時間が過ぎただろう。あれから彼らに見つからないうちに、場所はなんとか自力で変えた。建物を離れ外に出て、道を伝うように歩く。

荒がる呼吸を抑えようともがくけれどなかなかうまく治まらない。街頭を行く人達が心配げにファイを見やっていたが、そのことに構ってはいられなかった。

既に指先には酸素が通っていない。動かすのにも骨が折れる。それほどに全てに力が入らなかった。人目を避け、街の裏の奥へと入り込んでいく。


そんなファイを捕らえる二つの視線があった。









「アイツか。答えろ」
「ちょ、イタイ‥、放してよ…!」

大柄の男が女子高生の腕を掴む。酷く柄の悪い男だ。

「アイツかと聞いているんだ」

声を少し荒げて、少女の腕をぐいと捻りあげる。

「ったい……!そうよ、だからもう放して…!」

その男がを放すと、掴まれていた小さな悲鳴をあげてその女子高生は走り去って行った。


「…ふん」

その逃げ行く後ろ姿を背に男は鼻を鳴らす。


「……浮かれ女め。てめえの相手はまた今度してやるよ。だが、まず‥」


視線を再度雑踏の中に這わせ、コンクリートの壁に身を預けている痩身の金髪に目を向ける。


彼はふらふらと人を避けるように路地裏へと入っていった。

その薄い背を追って、その男は、ゆっくりと足を踏み出した。









ファイが漸く腰を下ろしたところは暗くて冷たい、路地裏の狭い片隅。

誰の目にも触れない。

今のファイにはそれがひとつの救いだった。


「はぁ……」

氷のような温度を伝えてくる壁を背に、仰向きにひとつ吐息の塊を吐き出す。


沈みきって身動ぎすら出来ない心。体内にはまだ、毒気が残っている。


暫くは動かずにじっとしていたが、いつまでもここで座りこんでいるわけにはいかないだろう。


ふらつく足で何とか立ち上がる。

背中を壁伝いに、冷たいコンクリを滑るようにして歩く。弱々しい歩調はそれでも前へと繰り出された。

歩みを止めたら本当にここで終わってしまう。



朦朧としながらもそれだけを気力に、次の一歩を踏み出した。

掠れる声で大切なひとつの名を包む。今守るものがある。この存在しかないから。



「…ユゥ‥イ」


まだ諦める訳にはいかなかった。彼が生きているうちは。自宅のベッドに目を閉じる半身を想った。

ユゥイに対する想いだけが、もう薄い背も保っていられないファイに、足掻く力を生み出しえた。足を前へと促した。



病弱な弟の幸せだけが、幼い頃からの唯一の願い。
この為だけに生きてきた。
他には何も、要らない。


要らないから。


「ファイ」はどうでもいい。
だからどうか大切なあの子を。


 誰か あの子を




「ユゥイを…たす‥けて」


誰にも聞き届けられることのない悲鳴は喉頭から乾いた響きを残す。
掠れきった声は寒々とした空気に虚しく呑まれるばかりだった。










mae tugi