the place to stay of you | ナノ


彼女の言葉に、黒鋼は目を見開いた。

「詳しく聞かせろ、魔女」

「……センスの欠片もない呼び方ね」
「うるせえ」
「まあいいわ。……情報の対価はこの御守り」
「…!」
「願いを叶えるには相応の対価が必要となる。それは多すぎても少なすぎてもいけない」

ただ貴方の一番大切な物を対価にしても彼を守るための糸口にしかならない、と彼女は言う。


「それから先は貴方次第よ」

黒鋼は紅い目に熱い決意を宿した。


約束を誓った品は手元から消えても、それに誓った心は揺るがない。


子供の頃に父と交わした約束は。
大切な存在を守ること、だった。



「わかった。それを対価にアイツの居場所を教えろ」
「……貴方の対価、確かに受け取ったわ」

強い意志を示した黒鋼に、彼女は了承の意をもって応えた。









 奥の喫煙ブースへと入っていく彼らを追い、ファイは壁に身を寄せて彼らの様子を伺っていた。趣味ではないけれど、彼らの顔には確かに見覚えがあるのだ。



 ユゥイの学校はいわゆる超進学校で、殊更、エリート教育に力を注いでいた。上からS、A、B…というようにクラスが成績で振り分けられていた。ユゥイはSクラスのトップだ。

海外へ転居していった両親に付いて行かず、ファイとユゥイは日本に残った。資産家であり名家の後継者としてユゥイには日本の高等教育が相応しいと判断した両親は、高校卒業までという約束で了承したのだ。

 彼らの性格形成にはやはり、家の事情によるところが大きいだろう。

後継者であるユゥイと、そうではないファイは全く別の方向性を歩んでいたが、常日頃から互いに関する情報全てを共有していた。まるで一心同体であるかのように、ちょうど一日を構成する陽と月の対であるかのように、彼らは二人で一人だった。

何よりも互いのことを知り大切にすることを幸せとした。ファイはユゥイを最優先し、ユゥイは甘んじてそれに応えることでファイの意思を尊重した。

その為か、二人とも幼い頃から周囲の人間には壁を張る気質があった。ファイは笑顔、ユゥイは無関心というバリアを張り巡らして、他人とは一定以上に深く付合うことはしなかった。たとえ恋人ができても彼らは互いの存在こそが全てであり、侵されることのない聖域であったから他人と気持ちが通じるはずもなかった。

そんな稀有な性格の双子は、日常的な些細な情報も常に共有し、互いに関することで知らないことはほとんどなかった。


 だがある日突然、彼らに厄災が降りかかる。ユゥイが原因不明の転落事故によって意識不明に陥ったのだ。命は取りとめたものの、眼を覚ます気配もない。



『ユゥイに成り代わる。ユゥイの居場所をなくさないために』


ファイはユゥイとして生活を送り始めた。


 演技は以前にクラス写真を見せあっていたことから、ファイはユゥイになりすましてもクラスに大した苦労なく馴染むことが出来た。ユゥイとして都合の悪いところは、持ち前の順応力と愛想笑いでカバーした。

ただファイがユゥイの面倒を見ることで別居の許可が出ていたから、ファイとして外に姿を現さない訳にはいかない。

ユゥイは元々身体が弱かったので、卒業に必要な日数しか登校しなかった。だからファイはユゥイの学校に出席日数ギリギリ分だけ登校し、残りはファイとして生活を送った。学校に現れたり河原に姿を定期的に現すことで、さも二人が一つの家で元気に生活しているかのようにカモフラージュしていたのだ。

そうやって両親から差し向けられているであろう調査の目を掻い潜る。ファイはそんな二重生活を既に3カ月過ごしていた。




――全ては後継者ただ一人を第一として偏愛を注ぐ両親の目を欺くため。


 ユゥイが昏睡状態だと知れば、家を第一に考える両親は彼をあっさりその座から引き摺り降ろすかもしれない。

愛さなくなるかもしれない。


もともと病弱なユゥイの居場所を守ることこそが、ファイの全てだった。――喩え生涯、どんなピエロを演じることになっても。






 ファイはピトリと壁に背を付けて中の様子を窺う。すると、もくもくと上がってきた煙草の煙に混じって、喫煙ブースから彼らの話し声が聞こえてくる。



「――それにしても、あの金髪優等生、今回も首位だぜ?」
「そうひがむなよ…」
「くそ、こっちは好き好んで勉強してるわけじゃねーのによ。なんで出席日数ギリギリしか来ねえような奴があっさり持ってくんだ」


下卑た声を隠そうともしない彼らの様子に嫌悪感を覚える。ユゥイのことだろう。ファイにとって早速面白くない展開の内容にファイは眉をひそめる。妬みのために「死ねばいい」と言ったユゥイの学校の生徒から金を嚇し取ったのはもう一週間程前の話か。


「あー、それにしても確かに突き落としてやったのになー…」
「ああ、あんときはビビったよな。もう3ヶ月か。翌日にはけろっとしたカオで登校してきやがったんだからな」
「そうそれ!亡霊かと思ったぜ。ちゃんと落ちたよな?ありゃたいした高さだったのにマジどうなってたんだ?」


耳に入ってきた、予想すらしなかった会話が信じられずに言葉を失う。誰かに聞かれていることになど彼らは気付きもせず、引き続き残酷な会話を繰り広げる。その唐突な会話のあまりの内容に、ファイはただ愕然と立ち尽くすしかない。


「んなこと俺が聞きてえよ。そりゃ、あん時確かめはしなかったけどよ。いつもすかしてイケスカねーからちょっと嚇かしてやろうと思っただけなのにな〜…まさかあんなに盛大に落っこちるとはなぁ……」
「へへ、お前びびってたもんな〜」
「は?それはてめえだろ、一人さっさと逃げやがって・・・」







ドックン‥




そこまで聞いて、ファイの体内で大きく鈍い音がした。





mae tugi