今朝見たのは、本当に変な夢だった。
黒鋼は滅多に夢など視ない人間だ。その非現実な世界に意味を見い出さないタイプであるからだろうか。
ということはつまり、眠りの中にまで視るほどに自分は彼のことを考えていたことになる。そんな思考に行き着いた黒鋼はぎょっとしてぷるると勢いよく首を振った。
だがしかし、とも考える。
夢に出てきた彼は伝えようとしていたものは何か。いつもよりも一層、オブジェのように淡く微笑んでいたがそこには常にある強がりという仮面は被せられてはいなかった。
口に出したくても出せない何かを伝えたいとき、人は思念が強いほど生き霊という形で現れることがあるという。
けれどあの夢にはそれだけではない、何か別の力が働いているようにも思えた。
「手遅れ」
「大切なもの」
昨日の女―魔女という称号にまさに相応しい彼女が口にした一連の言葉が断片的に脳裏を掠めては消えた。
それらが指し示す意味はやはりはっきりとは分からない。勝手なことを言う彼女など放っておけばいい。けれど確かに気にしている自分がいることもまた事実だった。
その対象を一刻も早く見つけなければ、彼女の言うとおりすぐに壊れてしまうものかもしれない。
人とは何とも脆いもので、すぐ近くにあるものほど失って初めてその大切さに気づくのだ。あの日突然亡くなった父のように。
常に鞄に密かに忍ばせていた大切な形見の品を思う。しかしそれは昨日からあの魔女の手中にある。その現状を改めて思いだし、そして見ず知らずの彼女に翻弄されている自分に忌々しさがつのり舌打ちをした。
とにもかくにも黒鋼は示された時間に女の家を訪れるために、こうして学校を昼で抜け出していたのだった。
昨日邸に行き着いたであろう道筋を辿って歩いていると、ふと路地に見覚えのある深い緑の服を着た人間が角を曲がっていく姿を見た。
思わず足早に角に向かい、曲がった先を視線で追う。
しかしやはり、それがあの金髪優等生であるはずもない。
金髪でない学生を彼かもしれないと追いかけるとは。
自分はあの双子に関して、かなりの重症らしい。
弛い雑踏の中を歩いていく黒髪の二人組を見遣りあの彼でなければ別段に用はないと踵を返した。自分の今の行動の意味するところを深く省みることもなく。
そうして再び目的の場所に足を向ける黒鋼だった。
**
微睡んだあの頃の記憶はいつまでもいつの日も繰り返しその胸に燻り続ける。
ファイの心の源泉はいつだってその記憶が占めていた。
幼き日に誓った約束の言葉がある。ファイは今でも一言一句手に取るように覚えている。
自分と同じ大きさだけれどひどく弱々しい彼の手を取り、しばらく悩んでようやく導き出したその答えを喉の奥から押しやった。
「ねえ、約束だよ。これからいつだってきみのささえになる。きみが陽のあたるところをあるいていけるように」
言った途端、白いベッドの上で横たわったまま大きく見開かれた幼い蒼い瞳が驚いたように潤んで揺れた。小さな唇が力なく微かに動く。
『ひとりはいやだよ』
そんな不安げな弟の白すぎる頬をまだ小さな手のひらで包む。柔らかな頬に手を伸ばす兄は、愛おしそうに、幼い笑顔に優しさばかりを浮かべた。
ただそっと、大切な分身の淡い金糸を撫でながら言葉を続ける。弟を安心させて、自分にも言い聞かせているかのように。
「ファイ」は大丈夫だから。こうすることが一番いいのだから。
いつまでも、そう囁いた。
絶望の中でファイが選んだのは、陽のあたらない道だった。身体の弱い弟がある日倒れたときにそう心に決めた。愛しい彼さえ、温かいところで生きていってくれればそれでいい。
ふたりめとして生きる。
幼かったあの日、ファイは自ら選んで歩き出したのだった―――
mae
tugi
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