「!」
荷台から離れていく手首を捕まれた。がっちりと掴む手の持ち主をみやると、刺すような紅い目に射ぬかれる。
「たく、面倒くせえな。てめえは」
「うん。それ前に聞いたよー」
震えながらもなんとか笑みは作れた。だがしかし、それが何とも薄く力のない表情であったことに彼は気付いているだろうか。
「だから気にしないで?オレのことー…」
へらっと笑いながら言う。
「確かに関係ねえな」
黒鋼の肯定の言葉を聞いて、ファイはさらににっこりと笑顔を作り直した。そんな彼の蒼い目を黒鋼はしっかりと見据えて言う。
「そうだ。てめえには関係ねえ。俺がどうするかはな」
「!・・・・」
「だからてめえはとっとと俺の質問に答えやがれ」
信じられない、といった眼差しでファイは蒼い両目を見開く。黒鋼の思いもよらない理屈に、ついポロリと笑顔の仮面が外れた。
「おいてめえ、一体何に怯えてんだ」
息を呑んで、髪で翳った目元をさらに金糸で隠して黙りこんだ。しかし、次にはまた仮面を被り直す。
「……はは、オレが何に怯えてるっていうの――…」
力のない苦笑いが、詐りを許さない視線の先へと曝される。
それでも、完全に取り去られることのない笑顔の仮面はやはり、黒鋼に対する拒絶でしかない。
頑なな彼に、黒鋼は掴んだ手を、離すしかなかった。
*
数日が経った学校からの帰り道。ちらりと視界に入った猫は、彼のことを胸に掻き立てさせる。
やはりあの日以来、窓際のあの席は空席のままだ。
その席をみやる度に、気になって仕方がない。
自分のすべてを閉じ込めた肌の色さえも違う異国の人間。彼はただ、力なく眉を寄せて泣きそうな顔をして、笑うのだ。
気にするなという方が無理だった。
どうして彼は何も明かさない。秘密があることすらも誰にも打ち明けようとしない。
きっといつだって、在りもしない影に怯えているのだ。彼の口から秘密が放たれればきっと、そうやって今まで築き上げてきたものが全て瓦解するのだろう。
それもいい。
それが彼の選びとった生き方ならば。だけれど、あの押し殺した笑顔が頭からどうしても離れず舌打ちする。
どうして彼は笑顔で泣くのだ。
教えてやりたかった。もっと別の生き方だってあることを。連れだしてやりたかった。
自分で造り上げてしまった鳥籠に囚われ続けている、あいつを。
他人の言うことに相槌をうって聞いた振りをしているくせに、一つだって聞いていやしない。ただその場をやり過ごそうとしているだけ。
あの時の辛そうな笑顔が目を閉じれば脳裏を過る。
『うん。それ前に聞いたよー』
眉を下げて精一杯へらへらとして答える歪んだ笑顔。
しかし黒鋼はそこであることに気が付き、思考をある一点で止めて繰り返す。
―――「聞いた」?
彼の表情にばかり気をとられていたが、その言い方には違和感がある。
確かに、黒鋼は同じことを言った――ただしそれは弟に。
双子といえど、聞いた本人でなければまず、そんな言い方にはならない。ファイの物言いは不自然ではないのか。
じゃあ、あの時俺の言葉を「聞いた」のは。
もしかして…
胸を過るものが間違いではない予感がした。
**
紅い射光がカーテンから、細い背中を貫き通くように差しこむ。
黄昏の強く紅い光に染められたベッドの脇に腰かける影がある。
金髪の彼はその長い指をすっと差し出して伸ばし、ベッドに横たわりただ静かに瞼を落とす彼の唇をそっと辿る。
そして声にならないくらい小さく唇を動かして囁く。
―――早く目を、覚ましてよ・・・ユゥイ…
薄い唇をきゅっと噛み締めた。
明日が 見えないよ…
やがて、いつもの帰途を歩んでいたはずの黒鋼は、いつの間にか見慣れぬ怪しい邸の前に立っていた。
こんなところにこんな家、あっただろうか。
気持ちの上では胡散臭いと感じながらも、身体は吸い寄せられるようにノブに手をかける。
すると自然に扉が開いた。
「いらっしゃいませー」
「主さまにお客様―♪」
「お客さまー♪」
邸から現れた小さな少女が二人、黒鋼を邸の中へと誘う。入りたくもないのに身体が拒まない。
「いや、俺は別に用なんか」
どうにか家から出ようと、らしくなく焦るが奥へ奥へと通される。
「いいえ、あるはずよ」
部屋の奥から何とも艶を含んだ女の声が聞こえてきた。
「ここは、願いを持つ者にしか見えない。・・入れない」
パイプ煙草を燻らせながら長い黒髪の妖艶な女が、大きなベッドに半分寝そべっていた。その容姿は魔女という言葉を黒鋼に想起させた。
ポワリと放たれた煙が、黒鋼の頬を撫でていく。香らしきものの匂いも部屋中に広がっており学ランにまとわりつく。
あまりその類のものに黒鋼は詳しくない。しかし、とにかく自分が酷く場違いな場所にいることだけはわかった。
そんな黒鋼を見て、女は薄っすらと笑みを湛えている。
全てを見透かしたような彼女の表情は黒鋼の鼻についた。
不可思議な女を、ギロリと睨み付けるがそれでも、女がたじろぐ様子は一向に見受けられない。
彼女はゆっくりと唇を開いた。
「認めなさい。でなければ、手遅れになるわ」
mae
tugi
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