猛烈な勢いで飛び掛かってきた三人の攻撃をかわす。
わざとからかって感情を高ぶらせれば攻撃は単調になり、対処しやすくなる。誰ともつるまないファイがたどり着いた戦法の一つだった。
相変わらず繰り出される拳をひょいひょいと悉く避けていく。
そんな身軽い動きの金髪に、またカッとしたらしい彼らは、なんとかファイを捕まえようと動きを捕獲に転じる。
やはりそうくるか、とそのタイミングを見計らっていたファイは、捕獲に失敗して三人がバランスを崩した瞬間に一目散に土手の上へと走り出した。
彼らは特に普通の学生だし、ファイにはとりたてて争う理由なんてない。
彼らもただ偶々ファイに私怨を持つもの同士が手を組んだだけなのだろう。
もともとこの目立つ容姿とラフな制服の着崩しの為に、何もしていないのに絡まれることは多い。それは不良であることが多いのだが、今回のように何かの拍子に恨みを持たれれば、ごくごく普通の男子校生にも喧嘩を吹っかけられた。
その一つ一つに対処して、見事喧嘩に勝利を収めようという気なんてファイにはさらさらない。争いごとになんて興味もない。
しかし今回ばかりは、理由の一つに先日のカツアゲの一件が絡んでいた。ということは。
「コレはまさに身から出たサビ。なのかなぁ〜」
河縁を駆ける上がるスピードはそのままに、眉を顰めて苦笑いを浮かべる。
いつものただの一悶着であればこれで終いに出来るかもしれないが、今回は一応、ファイに恨みがきちんとある彼らである。
そのために多少追跡はしつこいかもしれない。
弱ったなー、と視線を土手の上へと向けてみたその先にいたのは。
目に入った彼は天からの授かりモノだろうか。
素敵な獲物。
まさしくカモが葱を背負っている…。
もとい、カモが葱に乗っている。
「ナイス!!黒様!」
そう小さく叫ぶと学生たちを大きく突き離したままで、紅い自転車の荷台へと飛び乗ったのだった。
◇
突然の衝撃にものともせずに、黒鋼は反射的にバランスを取りきった。よく分からない物体のせいで、横転して堪るかという根性の賜物だ。そうして荷台に乗っかっているその人物を認めて仰天した。
「ぬあ?!!てめえどっから沸きやがった!!」
「ままま、いいからいいからー。追いつかれちゃう?」
「疑問形かよ!」
そうしてファイの飛び込んできたらしい方向を見ると、凄い形相の男子校生たちが三人追いかけてくる。
「てめえはまたゴタゴタかよ・・・。それよか自転車走ってたんだぞ!あぶねえっっつの!」
「心配してくれてありがとー♪じゃー黒たん号スピード上げて行ってみよーかー!」
「心配なんかしてねえよっっっ!!!」
精一杯否定しながらも立ち乗りへと切り替え、黒鋼は本格的にスピードアップでこぎ始めた。どんどん加速が付いていく。立ち漕ぎの合間に、後ろの相方へと注意を喚起する。
「落っ、ちん、じゃ、ねえぞ!!」
「うんー。私服の黒たん恰好い――」
「あほか」
毒気を抜かれた黒鋼は、今度こそ愛車の加速だけに専念する。
ファイは荷台の上にヤンキー座りしながらも、どんどん加速する車体から振り落とされないように、大きな背中にぴとりとへばりつく。風に紛れて前から舌打ちが聞こえたが、金髪の彼は満面の笑顔で楽しそうに白いシャツに頬を当てた。
そのシャツからは意外にも、少し濃い目のタバコと石鹸の入り混じった匂いがした。ほんの少し、黒鋼の事がわかったような気がして、それだけで心の何処かがじんわりとして嬉しかった。
*
走ったままで追いかけてきていた男子校生たちをあっという間に突き放し、今はもう、見える姿は米粒ほどの大きさとなった。暫くは何かを騒いでいるようだったがやがて諦めたのか、彼らはもう追ってこない。
一台の自転車はスピードを落として、変わらず続く河原沿いの道を走っていく。
さっさと降りろと言わないのは、彼なりの優しさだろうか。
大柄な体格に似合わずなんて優しい。
そんなことを思いながら白い雲を見上げれば、ファイはなんだか今までごちゃごちゃ考えていたことが少し馬鹿らしくなった。
「ぴゅー、さすが黒ぴん」
「口で言うなよ…」
呆れ顔でくるりと黒鋼が振り返ると、身体を反って輝く空を見上げる痩身の彼。太陽光を反射して色素の薄い身体がなんだか眩しい。黒鋼からは顎しか見えないのだが、きっと先ほどの黒鋼と同じ様な表情を浮かべているのに違いなかった。
まるで流れる景色に羽根を伸ばした鳥みたいだ。
何処までも飛んで生きたい。
そう透明な声が空に向かって叫んでいるような幻聴がして、まあこんな日もありか、と僅かに笑んだ。
そうして背を反らしながらも自分の肩を掴んで離さない体温を直ぐ後ろに感じて、黒鋼はどこかくすぐったい気持ちになった。
mae
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