*
清々しく爽快な風が吹き抜ける。その中を黒鋼は、イヤホンで先日購入した音楽を聴きながら自転車を走らせていた。
「ふんふふん♪ふんふん♪」
自転車に乗っている人間の鼻歌など、街の雑踏に紛れて歩行者には滅多に聞こえないものである。それが感覚で分かっている黒鋼は、聞こえないだろうギリギリの音量で鼻唄を歌いながら快適なサイクリングを楽しんでいた。
大柄の体格が悠々と乗りこなすのは、車輪の大きめな赤いシティサイクル。確かにバイクを持ちたいとは思っているが、それはやはり自分の甲斐性で飯を食えるようになってから、という律儀に真面目な思想の彼だった。
ちりりん ちりりん
下校して家で一度着替えてからバイト先に向かった。仕事場まで颯爽と愛車を走らせる。黒鋼のバイト先は大手のスーパーで、裏方で魚をさばいている。これがなかなか体力と技術を要する仕事なのだ。大きなのこぎりのような包丁ででかい魚を豪快に解体する。
やはりそれも余談だが、時間にゆとりを持たせて行動する性癖の彼であるために、バイト先までの晴れの日の道のりは、大抵ご機嫌なサイクリングを兼ねているのだった。
それにしても今日はよい天気だ。
時間もあることだし、こんな日には寄り道の一つでもするべきだろう。そうでなければこんなにも温かな日差しを降らせてくれているお天道様に申し訳がたたねえってモンだ。
いつの間にかキャラが違っていることにも気が付かないくらいに空は澄んでいた。
しかし、そんな爽快な蒼空の下、そのおおらかさを映したかのような笑みを思わず浮かべてしまったのが、きっと彼にとってはそもそもの間違いだった。彼にしては珍しいその表情のまま気の向くままに、車輪が脱線した先は、大きな河川がゆったりと流れている河原の土手先。上機嫌で川縁の少し高くなっているところを悠々と赤い愛車を転がしていく。
ああ、何て気持ちのよい、この日。
と、のわ!!!
突然の衝撃が黒鋼と愛車を襲う。
(後ろの荷台に何か乗りやがった!!)
荷台…荷 物 ??
そのイヤ〜な悪寒に、黒鋼が死角となっていた自分の後ろの荷台へとゆぅっくりと顔を向けた。
◇
怪しげな笑みを向けてくる三人ほどの高校生たちに、ファイは囲まれていた。そうして襟首をぐいと掴まれて橋の下へと連れられていく。それでもファイは途中、ぽろりと口から落ちたタバコを視線で追いかけて、「あー、火―」と呑気に草むらへの移り火を憂えていた。
「えっと、君たち。誰なのかな〜」
あまり一人では足を踏み込むことのない橋の下で、ファイは彼らに笑顔を向ける。橋の上からはバイクや車の騒音が響いてくるがそれほど近い距離ではない。
オレ、キミ達のこと知らないんだけど〜?と、相変わらずへらりとした様子でのんびりと声を掛ける。にっこりと見据える先には、見知った緑色のブレザーに身を包んだ一人の他に、見慣れない制服の男子校生たちが二人、不機嫌そうに立っていた。
「こんなに外人が流暢に日本語喋るなんてホント気味わりぃな」
「っとにな。なんでアイツはこんな奴がいいんだか」
「おい、てめえ。オレのダチの金とりやがったらしいじゃねぇか」
今のそれぞれのセリフで大体の事情はわかった彼は、ブロンドの前髪で目元を隠しながら、口元だけ深く笑んだ。
「なるほど?君は前にカツアゲした子達のお返しで、君は彼女とられた逆恨み、そんで君に至ってはただの憂さ晴らしってワケー…」
「おつむ空っぽのパッキンの割には勘がいいじゃねえか」
一人がにやりとファイの予想を肯定する。
「てめえ否定しろっ!俺は逆恨んでなんか…!」
女の名前を口にした一人が、不満そうにファイに答えた仲間のわき腹を小突いた。
「ごめんねー?多分セーラーのロングの子だよね?見たこともない子だったけどー。だからオレ、お断りしただけだし、安心して?なぁーんにも手、出してないよー?」
へにょんと少し顔を近づけて言ってやる。みるみると紅くなっていく見慣れぬ制服の男子校生の顔。どうやらそういう問題ではなかったらしい。
「そんなアイツの覚悟をよくも…!!」
「あれえー?その考え方、よくわかんない――」
あははと笑ってわざと挑発すると、思った通りに繰り出される右ストレート。それをひょいと避けて拳が金髪を掠めたのを合図に、他の二人も飛び掛ってきた。
mae
tugi
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