the place to stay of you | ナノ





少しの間にすっかり日の堕ちて暗くなってしまった夜道を街灯が照らす。

人工的な光は明るさを増し、白い顔から胸の揺らぎを隠そうとしているように、その造形をより深くする。

埒のあかないような空気に包まれた二人。するとようやく金髪の方が口を開いた。


「もう、帰ってくれないかな?」

拒絶の言葉は空気を通すように耳に届いたけれど、それは虚勢をはっているかのように焦りの隠せていない声だった。

てことはつまり、俺は変質者決定かよ、と黒鋼は小さく舌打ちした。

だがこのまま誤解を受けたまま退散するのはなんとも納得がいかない。誤解だと言っているというのに、人の言葉に耳すら貸さないこの兄弟。こうなったら馬耳東風なこいつらのうち一人にだけでも、せめて厭味の一発くらい言ってやりたいと思う。

無性に苛つくのは、彼の性格上やられっ放しは性に合わないからだ。
しかし何と言ってやったらよいものだろう。


「・・・たく面倒くせえな。てめえら兄弟は」
「え?」

ぽそりとそのままの本音が出た。ぼやくような言葉がよく聞き取れなかったのか、彼はきょとんとしている。黒鋼は一つはぁーと溜息をついてから、ボリュームを上げてもう一度はっきりと言ってやった。

「お前ら兄弟…あいつも、お前も。まるで何かに怯えてるみてえだぞ」
「な・・・」


その言葉を受けて目を見開いた。

黒鋼にしてみれば、それは見たまま告げただけだった。少なくとも、そうにしか見えない。確かに彼らは、何かに怯えているのだ。眼前の彼が怯えている様は一目瞭然である。

しかしいくら美人とは言え、彼の反応は流石に不自然だ。仮にも彼は男である。確かに、電車の中で会った恐ろしい形相の男が家を訪ねて来たのだから不安になることには頷ける。

けれど女ならばいざ知らず、ここまでの過剰な警戒心を向けてくるのは、些か異常ではないのか。

まるで、彼は自分の存在を黒鋼に見られること自体を恐れているようだ。


彼だけではない。ファイもまた、ふざけることで何時も怯えを隠している。
証拠があるわけではないが、黒鋼はこれらの勘に言い様のない確信を持っていた。

いずれにしても、それもこれも黒鋼にとってはどうでもよい話だった。彼らが何を隠していようとも黒鋼には関係ない。

けれどやり方が気に食わないのだ、きっと。

彼らはその怯えた顔自体を隠すために仮面で覆っている。ファイはふざけることで。ユゥイは虚勢を張ることで。
黒鋼は、そんな風に嘘をつく彼らに苛立ちを覚えた。


一方、そんな不意打ちを食らった双子の片方は動じていた。

この反応はやはり、そうなのか。

戸惑う様子を見て確信を新たにする。そんな黒鋼に対して、彼はやがて冷静さを取り戻す。

瞳の色を強くして目の前にいる男に焦点を合わせた。先程の動揺などはもう、微塵も見せないように、しっかりと黒鋼の目を見て、挑むように言葉を放つ。

「・・・そんなこと、君に言われる筋合いはない」


しっかりした語尾だった。ただ否定はしてはいないことに黒鋼は視線を鋭くする。

そのまま黒鋼は感情の押し殺した声を出す彼を挑発するように答えた。

「事実だろうが」

しかし彼は黒鋼の思惑に反して、それに乗ってはこなかった。

前に立ちはだかる男の紅い眼をじとりと見て、彼は細い肩の力を落とすかのように、ふぅ、と息を吐く。

「あの子の知り合いなんですね・・・」
「同じクラスの黒鋼だ」

ようやく知り得た怪しい人物の情報を繰り返して確認する彼に、黒鋼は今度こそ安心させるために名乗ってやった。
けれどそれを聞くと改めて問う。声色を変え、それまでの揺らぎを一切取り払った静かな口調だった。


「あなたはファイの何ですか?」
「あ?」

「ただのクラスメートでしょう……関わらないで、ください」


冷静にさらりと言おうとしたようだが、最後は絞り出して圧し殺すように声を発した。流れる突然の重い響きに、沈黙が宿る。

そうしてファイと同じ顔からは、同じ拒絶がもう一度繰り返される。

「関係ないのだから、関わらないで」


ライトアップを弛く受ける彼が少し膝を震わせていることに気付いて黒鋼は眉をひそめた。

「んなこと、てめえに言われる筋合いはねえ」

「オレは誰よりあの子の事を分かってる。・・・興味本位な詮索はよしてください」
「・・・」
「君がファイのクラスメートなら、怪しい人じゃないことはよく分かりました…だから、もう、帰ってください」

俯いて金髪の光沢を向けて、言葉を選ぶようにゆっくりと、黒鋼を撥ねつけ続けた。うな垂れた肩が弱弱しかった。
それでも穏便で丁寧な口調の中には、確固たる意思が端々にちらちら揺らめいている。
そこに言い様のない必死さが感じられて、淡い発色を放つ金髪を、黒鋼は無言で見据える。



黙り込む二人の間にはただ、街灯だけが機械音をたてていた。








それから、幾日経ってもファイは学校に姿を現さなかった。
クラスの一人が姿を現さなくとも、何事でもないように時間が通り過ぎていく。

鳴り止まない教室の喧噪と笑声。

あんな金髪野郎、関係ないはずなのに。
ふと気が付けば窓辺の空席を見てしまう。


風に揺れるカーテンは、その木面の茶色い光沢を絶えず撫で続けていた。







mae tugi