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「おい」

月曜日。珍しく週の初めに顔を出した金髪の彼の顔を見るなり、開口一番に黒鋼はファイを呼び止めた。

「わ、びっくりした。今日は何―?黒りんた」
「誰がだ!妙な名で呼ぶんじゃねえ!」
「あはは。で、何か用?」


土曜と違って無造作でボタンも留られていないラフな襟元を見やって、黒鋼は少し顔を顰める。

電車で見た、優等生らしき彼とはとても同一人物であるとは思えないくらいに崩れたその着こなし。
しかし、どう考えてもあの時自分が見たものが勘違いであるとは思えない。だが、何と聞いたらよいものだろう。

とにかく間を空けない為にと、黒鋼は口を開く。

「てめえ、なんで土曜・・」
「土曜?んー、その日はオレ、別にカツアゲてないけど?」


黒鋼の言葉を受け、額に人差し指を当てながら、ありー?覚えがないなぁ、と大げさに考え込む仕草を見せるファイ。

何を恍けやがるのかとそこで黒鋼はずいと一歩、前に出る。


「その話じゃねえ!お前土曜、俺と会っただろう」
「んん?どこで?知らないよー。黒ろん、おかしなコトいうねー」

ファイは困ったような苦笑いを浮かべて答える。
そしてやっぱりあだ名は直らない。

「黒鋼だッ!違う制服着てたじゃねえか。緑色のブレザーだ!」



「・・・へ?」

一瞬呆気に取られる顔のファイ。大きく見開いた瞳をパチパチと瞬かせる。数秒後、そのまま何を思ったか口を押さえゆっくり前屈みの体勢をとる。


「おい?」
「・・・・プッく」

確かに今、ファイから変な音がした。

怪訝そうな顔で黒鋼が見つめていると、やがてファイの背中が震え始めた。

「?」

「〜〜〜ぶわっは!あはははは!」


ファイは本格的に笑い始めた。周りにいる生徒たちは驚いたようで、びくりとファイを振り返る。それでも当人は湧き上がる笑いをこらえきれないらしく、なおも小刻みに震えながら笑い続ける。

「てめえ・・何笑ってやがんだよ」
「あー、そういうことだったんだ〜あははは」

笑いながらファイは一人納得したように言った。

「何がだよ」

状況の全く分からない黒鋼としては面白くない。そんな黒鋼の拗ねたような不機嫌な表情を見て、ファイは更に笑う。

「くっくっ・・・黒っぴてば、可愛いなぁー」

「はあー?」

言うに事欠いて、自分より一回り大きな黒鋼を目の前に可愛いと言ってケラケラ笑う。
全くどんな感性なのだ、この金髪男は。

「あはは、ごめんねー?ひとりで楽しんじゃって?・・えっとぉ、何て言ったらいいのかなー」

そう言いながら、細い指先は黒鋼の頬に触れる。ひやりとした体温。少し近い美しい彼の笑顔。

腕を組んだまま黒鋼はわざとその手を振り払おうとしなかった。そのまま彼の次の行動を待つ。

黒鋼の頬を指で辿りながら蒼い瞳に垣間見える挑戦的な色。触れることで逆に壁を造っているように思えた。

整い過ぎた笑顔には、どこか威嚇の色が込められている。
踏み込んで来るなと。


――胡散臭せえ。
黒鋼は思わず眼光を鋭くして接近した彼を睨んだ。

彼はそれにものともせず、囁くように金髪を揺らす。


「ねぇ、その子『ユゥイ』って呼ばれてなかったー?」

「そういえば、そうかもな」

黒鋼はぶっきらぼうにそう答えた。それを聞いてファイは益々表情を濃くする。

「そう。それでねぇ、その『ユゥイ』ってオレの弟なんだぁ〜…」

それからふいっと手を放してから、ファイはまた笑顔をにっこりと作り直した。そんな彼に、勿論黒鋼はまだ納得がいかない。

「弟?全く同じ顔だったじゃねーか」
「だからー。オレたち世に言う ふ た ご v なのー」

黒鋼が真面目に質問を繰り返すのに、「えへー、驚いたー?」と両手を挙げてへらへらし始めるファイはすでに、先程接近した時の様子とはまるで違う。

そんな一貫しない様子に黒鋼の苛々はますます積り、そんなへらい金髪をギンと睨みつけてやる。

そんな不機嫌を隠さない黒鋼に一瞬にして辺りは凍った空気になる。近寄り難い雰囲気に、思わず回りにいた学生たちが一歩後ずさった。それでもやっぱりそんな黒鋼をファイはにっこり受け流す。



ぴりぴりと、黒鋼からは尖ったオーラが放たれた。








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