設定話 | ナノ

*原作と設定に食い違いがでてしまいました
*ファイさんには魔力のみが戻ってきています


















日本国のあおぞらは
おだやかにファイを迎え入れた。



何時ものあの場所で。

新しいひかりを宿した瞳を向ける。

毎日違う顔を見せてくれるこの場所で。




―1日たりとも、同じ日なんてない。



見上げる空はかつてのファイの瞳の色とよく似ていた。

ファイの蒼い瞳は魔力によるものだった。

魔力のない今のファイの瞳は何色。




ファイの魔力の色は宝石のような綺麗な蒼だと大切な姫に言われた。

まるで空のようだとも。


だけど、ファイには空の色がよくわからなかった。

誰もが冷たい目を向けてきた、いつだって雪が降り積もっていた祖国ヴァレリア。

みんな優しいのに、どこかその空気は秘密に包まれて曇りつづけていた国、セレス。

2つの国では晴れた空なんて、いくら仰いでみても見えなかった。




ファイは本当の空の色を、旅に出てから初めて知った。

自分の瞳があんな空の色のように綺麗だなんて

あり得ないと思った。



繰り返す日々がないなんてことも、初めて知った。


祖国で閉じ込められていたあの日々は、長い長い時が変わることなく繰り返されたから。

いつまで経っても変わらない不幸な日々。

唯一ただ移っていったのは雪の深さだけ。

雪に比例して積もっていったのは、絶望だけ。



あの頃は、冷たい雪に凍えることしかできなかった。

生きているものとは隔離されてただ震えることしか。




清清しいほどに澱みのない日本国の空気。

ファイはこんなにもみずみぐしく透き通った空気に驚いた。

鷹揚とめいっぱいに空気を吸い込む。



ああ 生きている。




空には光りが溢れていた。

青はこんなにもきらきらしたものだったんだ。




空へと浮き上がってくる白い雲は次々にひかりを投げ合って。

白くて。白くて。
輝いていて。



本当に、綺麗だと思った。



この雲の白という色。
蒼という、空の色。


そのまま空の色を映しとったファイの蒼い瞳からは、

何にも染まらない無色の涙が頬を潤した。





**


「願いはそれでいいのかしら」

「・・はい」

「後悔はしない?」

「はい」


ファイは次元の魔女の目をしっかりと見据えて答えた。

それを見て、侑子はほんの僅かに微笑む。決心は、出来ているのね、と。

頷くファイの右目は蒼い。
しかし眼帯の下は、いまだうつろなまま。

魔女は口を開いて契約を示した。




「では、あなたの戻った魔力を対価に。

強大に膨らみあがったあなたの魔力を対価にして、

黒鋼の傷を癒しましょう。

あなたに左目を、戻しましょう。

そして魔力がなくても吸血鬼の血がなくても、

あなたが人間として生きられるように」




ファイは自分の魔力を、右の瞳から取り出す。

全身が青いひかりに包まれ、そのひかりはやがてきらきらと結晶を象った。


そしてその結晶は魔女の手元へと引き寄せられ、別のひかりに包まれた。



見届けたファイはそっと眼帯を取った。

ゆっくりと目を開く。

そこに現れたのは、生まれたばかりの柔らかなひかり。









不思議なことに、誰にも何色なのかはわからなかった。

でもそのことに疑問を持つ者はいなかった。

だってそこには色がある。


空の色かもしれなかった。
金色なのかもしれなかった。



ファイにさえわからないけれど、ただ見た者の意識によってその色は変わっているようだった。

ファイにもっともふさわしい目の色を、無意識に選んで映しているのだ。





―『これであなたはただの人間。

生まれ持った魔力も、吸血鬼としての力も、何もない。

ただ、生を営む。―死に逝くまで』





一度失くしたものを再び得ること。

その対価は大きい。



だから使えば使うほどに大きく強大になるファイの魔力しか、対価になりえなかった。




今、ファイの目の色は何色でもない。

これからたくさん見るものの色が映っていくという。

今はまだ、ファイの目を見る者がその色を決めるけれど。

これからは自分の意思で色を映していく。

ファイが身を置く世界を選びとることで、

瞳には色が宿っていく。





空の色。


澄み渡る蒼い空。

暮れ行く金色の雲。



もしかしたら、炎のように焼ける夕暮れの紅を映すのかもしれない。





ただファイが選んだのは日本国の空だった。

大切な人が守っていく祖国。空。



ファイはどこまでも続いている日本国の蒼に焦がれた。


この空のように在りたいと。




遠く、「ファイ」の元にまで続いている色だと思った。






**




「お前は本当に泣いてばっかりだな」

「・・黒様」


そう言って近づいてきた黒鋼が大きな手をファイの頬へと伸ばす。

利き手の指で流れていくファイの涙をぬぐった。

ファイは旅の初めの国で言っていた。

泣ける強さもあるのだと。



「・・強くなったな」

「・・・うん、黒様もね」


今のこの涙は弱さのための涙ではない。

―信じられる世界がある。






泣けるくらいの心の強さを欲した元魔術師と。

泣けることの強さのわからなかった忍者と。




今はただ、二人肩を寄せ合って。

ましろい光を放つ雲の向こうに見える

蒼い空を見つめていた。




いつまでも。