黒鋼はすっかり遅くなってしまった帰途を急いでいた。
(あの野郎、放っておくとろくなこと考えねぇからな)
大事に思えば思うほど、募るのは不安なのである。
道中雨は止み、月が顔を出している。
まるであいつみてぇだな。
ほんわり香る月の光は、辺りの雲を優しく彩る。
こんなに大きな傘をかぶっているならば、明日も雨だろうか。
黒鋼は雨が嫌いだ。
でも、夜空に浮かぶこんなにも綺麗な月を見ることができたのだから、それでもいいかと思い直す。
変わったのか、俺も。
不敵な笑みがこぼしながらも屋敷へ到着する。
傘を軒下に置いて屋敷に入ろうとすると、視界にきらきらした光が映った。庭に誰か立っている影がある。きっとあいつだろう。
月光に照らされて、見馴れた淡い金髪をほんのり浮かび上がらせているのはやはりその人であった。彼はただ、何かに吸い込まれてしまったかのように、ゆらゆらと月に見いっている。
風邪ひいちまうじゃねえか、あいつ。
その相変わらずの薄着に舌打ちしながらファイに近づく。
至近距離まで来てはっと目が合うと、ファイは瞳にいっぱいの涙を溢れさせていた。
「・・・黒たん」
胸に巻物を抱えていた手を下ろして涙も拭わずに、ファイは黒鋼を見つめる。
そんなことは日本国に住むようになって以来初めてだったのことだったので、黒鋼は驚いた。
「・・どうした?」
黒鋼はすぐ側まで近づいた。
「え?」
どうして黒鋼が心配しているのか分からないようだ。
そっと黒鋼がその雫を指で拭ってやると、ようやく自分が泣いていることに気が付いたらしい。
「・・何があった」
「何もないよ」
ほにゃりと笑む。
しかしその笑顔はどこか切ない。
「・・・月が、綺麗だな」
黒鋼が不意に言うとファイは目を見開く。
「・・ど―したの―?」
黒鋼がいきなり月を愛でるなんて。
「暗い雲を、形のはっきりしねぇ雲を、照らしてくれる優しい、光だ・・」
ファイの問いに答えることなく、黒鋼は続けた。
傘を畳んでからずっと考えていたことがつい、黒鋼の口からこぼれたのだ。
月は巻き込んでいるんじゃない、寂しくないように雲を照らしているんだ。
ファイの胸はいっぱいになり、切ないようなまた泣きそうな顔をして、それでも心からあふれる衝動のままに、目一杯に微笑んだ。
ありがとう、黒たん。