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日本国には「希望」と称えられる石があった。
ファイはそれを見たいと思った。今ならそのひかりを信じれる。
今ならば、その耀きを探しにいける。
その鉱石は黄色く半透明で闇ならば仄かに浮かび上がると聞いた。そのことから人は希望に喩えるのだと。
洞に入ったファイは、急速に身体が冷えていくのを感じた。冷たい感覚。ヒタリポタリと水音だけが静寂に木霊している。
灯りがあっては、闇に浮かぶ石は見つけられないから、勘に頼りに水滴の導を聴き、薄暗くほとんど視力の利かない中を歩く。
希望を探して一歩。また一歩。
もし見つけられなくても、希望を捜すこの今があることを愛おしく感じた。
どれくらい深くまで歩いてきただろうか。
少し足を止めてみた。
すると足下に光る幽かなあかりがある。じんわりと優しくファイの頬を包み込んだ。
些細でもファイが確かに感じたのは、微かな石の吐息だった。
それに触れようと身を屈めそっと手を翳した。すると、空気の震えに跨がって伝わってくるその囁きが指先にあたる。
瞳に石から放たれた黄金色の光を宿し揺らめかせながら、ファイの唇がそっと呟いた。
「これが黄玉。やっと見つけた」
月にも似たその色は、ファイのさざめく気持ちを落ち着け惹いていく。
柱石は見る角度を変えるたびに、キラキラと輝く粒が瞬いてはファイの瞳にチラチラと黄色いひかりを預けた。
あのころは。
あの黄金色の眼を宿していた身体であるときは、忍者の血がまさしく命の糧であり、生かされていた。
生きたのではなく生かされた日々だった。
日本国にて生きている今もファイは不安になる。
そんな自分が。
願いを胸にいだくことは許されるのか。
幸せを願ってもいいのだろうか、と。
不思議とそんな不安や迷いも温かく包んでくれる石だった。
ファイは持ち帰った欠片を磨いて丸い珠にした。飴玉のような石が黄色く淡くひかり、ファイの頬をくすぐる。
畳の上にぺたりと座り白く細い指先で軽くつまんで光で透かし、玉の向こうにある世界を見た。
映し出された世界はすべてがひっくりかえる。
そこではきっと、ファイがユゥイでユゥイがファイ。―――ファイが生きてる、
そんな世界が映されている気がした。
セレスにいた頃、罪悪感に押し潰されてしまわないように、ずっと願っていた世界がそれだった。
ファイが閉じ籠っていた世界が、手のなかの真ん丸い玉に投影されて揺らめいていた。
この先も望むことはあるのだろうか。この中にある世界にいくことを。
ポン。
頭を大きな掌に包まれて、考え込んでいたファイはそのまま上を見上げた。前髪が目にかかるが気にせずに眼をこらす。
案の定、そこにはファイを見つめる紅い瞳があった。
「大丈夫、だよー」
それを伝えようと優しく眉を下げると、鋭い紅が僅かに和らいだ。
大丈夫、もう過去に逃げたりしない。
腕をつかんで、不安定な世界から連れ戻してくれたこの人がいたから。
この世界で生きていくことを選んだのだから。
紅い瞳をみて、ファイはゆるく笑った。彼が傍にいるならば、もう惑ったりしないと強く思う。
「見てー。こんなに綺麗な石になったよー」
「ああ」
ファイがほら、と見せる結晶は、清廉な気で身を護るように潔白の輝きをはなっている。
黄色い石は、過去の哀しみをその身に封じ込めて優しいひかりをファイのこころに届けてくれる。
辛い過去は捨てるのではなくて、傍にあるから生きていける。
手に入れた希望の石は、ファイの悲しみを包み込んで心の闇を優しく照らしてくれる。きっとこれから先も、ずっと。
ひどく勇気のいることだけれど。
ファイの世界にもあったその石の名を、生まれた地の懐かしい言葉で、想いを込めて小さくそっと口にした。
『topaz』
―――希望のひかり