日本国永住 | ナノ

⇔「帰り道」




草原の風にあおられて、若葉がそよそよと揺れている。


ファイの金の髪にはひとつの大きな白い花。


共にいる同郷の少女は、その黒髪に映えそうな紅い花をひとつ手に持っている。

もともとファイが彼女にぴったりの花を飾ろうとしたのを逆に、少女がやんわりとファイを、似合いの花で彩ったのだ。


少女は嬉しそうにファイの手を繋ぎ引きながら、黒鋼の方へと近づいてくる。
腕を組みつつも、片眼を開いてちらりと二人をみやる黒鋼に、ファイは小さく言ってみる。



「………どうかな?」


「……ど、どう答えろと…?」


珍しく白い頬を染めて上目遣いに見上げてくる彼に、黒鋼は一瞬たじろいだ。

可愛い………。

しかしそんな風に咄嗟に言えるはずもない。




少女はそんな二人の様子を見て相変わらずにこにこしていた。

黒鋼はといえば、いつも通りに眉間の皺はそのままだ。しかし気のせいか、彼にしては珍しくどこかきょとんとした表情のまま見つめてくる。そんな黒鋼の反応に、ファイはちょっと苦笑い。

くるりと白い着物を靡かせ背を向けて、たおやかな調子で歩いていった。



ファイの白い背中を見送る二人。

そんな後ろ姿をみやって、少女はほうっと息をつく。


「薬師さまはやっぱりきれいですね」


黒鋼が少女に視線を落とす。その大きな影を見上げてひとつ、少女は笑みを溢す。


「……好きだなあ」




一瞬紅い目が点になる。


「お、おい?」


呼び止めようとする黒鋼に、いたずらな笑みを返しながら、少女は白い背中を追いかけて軽やかに走っていった。


そんな少女に溜め息をつき、ガシガシと黒い髪を引っ掻いた。






水面を流れていく刻という名の柔らかな賜物。


流れる水を見つめて、ファイは膝を抱えて頬杖をついていた。


別にさっきのことに拗ねているわけではなくて。


ただ静かに目を閉じる。




耳を傾け、聴こえてくるのは河のせせらぎ。草花の呼吸。空気が頬を撫でる感触。

柔らかい音がファイを包みこんでは新しい韻をつむぎだす。調和というのだろう。


色素すらも異とする自分はこの国の存在ではない異端者であるというのに、こんなにもこの国は優しい。




大地の声に聞き入っていると、そっと頬を撫でる体温に気がつく。


蒼い目をうっすら開くと、ファイの顔を覗きこむ少女の大きな瞳にかち合って思わず顔が綻んだ。



「この国の、分身みたいだね―君は」

そう言ってやると、無垢な笑顔でファイに笑いかける。


「あなたがたのおかげです」


手に包んであげたくなる雛菊のような笑顔に、ファイは目を細めた。



「あなたが好きです」


ファイが少し目を見開く。しかしすぐにまた、瞳に優しい蒼を戻す。



「そう、ありがとう」


ファイの微笑みを添えられた礼を受けて、少女は少しはにかみながら頬を薄く染める。そうして河の水を華奢な指で撫でながら、薄く笑みを湛えて言葉を続けた。



「好きです。黒鋼さまのことも」



「そう…」



隠していた大切なものを、外気に放った瞬間だった。

仕舞い込んでいたこころが、小さく羽を広げて翔びたった。


「黒鋼」というくだりの少女の表情を見て、ファイはすんなりのみ込めた。

初めて空気に触れられた、少女の秘めたこころ。





きっと彼女は黒鋼に恋してたんだ。


ファイが黒鋼と出逢う以前からずっと。

ずっと。




それでも笑えなくて。
会えてもいつも何も言えずにただ見つめるしかなくて。

たまに会えばいつだって、ぶっきらぼうに気遣ってくれる紅い眼の大きな存在。そんな手の届かぬひとに、人知れず淡い気持ちを抱いてた。

静かに少女を見つめ続けるファイに彼女は言った。




「あなたのことも好きだから」



黒い瞳を少し潤ませて、精一杯柔らかく少女は笑う。

ファイの白い頬にひたりと手をあてて、眼を閉じる。

別った言葉を、包み込んで見送るように。


こうして彼女の想いは瞬くくらいの時間だけ、日本国の空気に揺らめいてやさしく溶けた。

すべての想いは留まることなく流れてく。― 汲んで繋げることで、想いは一本に連なってく。

だからそれはきっと、次の大切な願いを生み出すきっかけとなるのだ。

なかったことになるわけがない。

確かに想いは此処に、在ったから。







どこからかひらりと赤い花弁が一枚
水に包まれて遠くへと流れて溶けた。