日本国永住 | ナノ

その日は清々しい朝を迎えていた。



朝の少しは涼やかだったそよ風が、そろそろと熱を持ち始める。


そのすぐ傍でゆるく金髪を跳ね返っていたひかりは、だんだんとその白い輝きを増す。

照りつける日差しが少しずつじりじりとしたものに変わってきた。


けれどファイは、そんなことは気にも留めてはいないようだ。





ただ、固唾をのんで、その移りゆくその様を見守っていた。





黄色いお日様のようなその子は、優美な動きでその大きなこうべをゆぅくりと、もたげてゆく。

産まれて初めて外界を見回したその表情は明るく、少し緊張したおももちで、それでも、見慣れない開かれた空間にむかって燦然とかがやきを放つ。

その様は威厳に満ち、実に堂々としたものだった。




その子はきっと一周見渡したのだろう、それからそっと、ファイへと視線を投げかけた。

それに気が付いたファイは少しびくりとする。





「あ、どうも初めましてー」



目が合って、反射的に思わずお辞儀を返した。

ようやく会えた、その予想外に大きかったその子の顔に、ひとまず自己紹介をしてみる。




「オレ、ファイっていいますー」








「・・・何花に向かって名乗ってんだよ」



照れ照れしながら、大きな顔を持つ花、向日葵にふかぶかとお辞儀しているファイに、黒鋼がぎょっとしたように声を掛けた。


「あー見てみて黒ぽん、今朝、ようやく花弁が開ききったんだー」



いまや煌々と光を射す太陽をあおぐその花に、ファイはうっとりと魅入っていた。


ほとんどいちねん中が冬であった国、セレスでは、こんなにも黄色く大きな花、しかもこんなふうに太陽に焦がれて、慕うものに全てを曝けだしてしまうような花などなかった。



どうしてこんなにも強くて大きな太陽に、自分の内側からすべてを、さらしてしまえるのだろう。


手塩にかけて育てているときよりもいっそう深いまなざしで、ファイは大きく巣立った我が子を見つめる。



その清んだ黄色い花弁を細く白いゆびさきで撫でてみたならば。

しっとりとした生命の感触が、離れることを惜しむようにファイの指を受け入れた。




目を細めた優しい表情でその花をみつめるファイをみて、黒鋼は小さく息を漏らした。
ファイには見つからないくらいに本当に、小さく。

春先に、ファイが植えると言ってそっと差し出した手ひらに乗っていたのは、ひまわりの種であった。それを見たときから、黒鋼の胸中には、実はちょっぴり不安がちらついていた。

日本国にある花でもっとも強く、情熱にあふれた花、向日葵。


果たしてその強さはファイに受け入れられるのだろうか、と。



しかし思いのほか向日葵が気に入ったらしいファイを認めて、黒鋼は不意にその手をとった。



ずんずんと歩調をはやめていく黒鋼に、ファイは頭上にただ疑問符を浮かべて手を引かれていく。





「黒様―?」




黒い着物の背中に一度だけ呼びかけてみたものの、きれいに無視されてしまった。

いったい何処へ行くというのだろう。

彼の大またの歩調に合わせながら、ファイは金糸と白い着物を靡かせていた。









「着いたぞ」



ようやく黒鋼が足を止めるころには、ファイはすっかりその光景に目を奪われていた。


あふれんばかりに一面にしきつめられた、ひまわりの花。


鮮やかな発色が、嬉しげに客人ふたりを迎え入れる。




魔力のないファイの瞳には、蒼い空と一面の黄色が、そのままの色で映った。





『 無理をしないで笑えた時、幸せはもう、ついそこまで着ているものだよ。』




いつかまだ子供だったころ、大切な王に掛けられた優しい言葉が、囁くように耳をかすめる。


セレスにはなかった夏の花。

ひまわり畑。





向日葵たちはみんな、くりんとした表情をファイに向けている。


(君は誰?)

(初めまして?)

(君はなんだかボクたちに似ているね)

(歓迎するよ)




彼らの温かさがくすぐったくて、ファイは思わずふわぁり、と顔をほころばせた。


そんなファイを見ながら隣へと、黒鋼が歩を進めて横に並ぶ。そうして爽快なくらいに鮮やかな一面の黄色に顔を向けた。






「・・・その顔」

「え?」

「悪くないぜ」


そう言って黒鋼は、にやりとファイに笑いかけた。

そんな黒鋼の言葉に頬を染めながらも「うん」とファイは答える。





隣であどけなく微笑むファイの表情は、以前のようにとってつけたお面のような笑顔ではなくて、自然に浮かんだそれは綺麗な、眩しい笑みだった。





どこからか運ばれてきた風に
見渡す限りのたくさんの笑顔が、ゆらゆらと身を揺らす。




綿飴みたいな真白い雲は、透き通る青空にぽわりと浮かんで、大地に広がる黄と緑を引き立てる。



どこまでも蒼い空の下、さああと黄色い笑顔は波打って広がっていく。





それを見つめるファイの横顔に、黒鋼はおもった。



一つずつ、お前の世界を俺が広げてやる。お前を連れて行ってやる。

今日のように。





だから、お前はいつも

俺の隣で 

そうやって 笑っていろ。











黒鋼さん?


あなたはおそらく知らずに、ファイさんを向日葵畑に連れてきたのでしょう。





高貴で優しい日輪草。
その花詞は




『いつも側にいるから』